目次



わが恋は真木の下葉に洩る時雨濡るとも袖の色に出でめや  (巻第十一 恋歌一1029番)          2016/9/1−2017/0/0

和歌番号 和歌
0990 よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山の峰の白雲
よそにのみ みてややみなん かつらぎや たかまのやまの みねのしらゆき
身分の違う人ととして見るだけで終わるのかな。葛城山の高間の山の峰に懸かる白雲のように手が届かないのですねあの人は。
0991 音にのみありと聞きこしみ吉野の滝はけふこそ袖に落ちけれ
おとにのみ ありとききこし みよしのの たきはきょうこそ そでにおちけれ
噂にだけ有ると聞いていた吉野の滝は、今日は私の袖に落ちました。恋のためにおびただしく流すわが涙です。
0992 足引きの山田守る庵に置く蚊火の下こがれつつわが恋ふらくは
あしびきの やまだもるいおに おくかびの したこがれつつ わがこうらくワ
山田を守る小屋に置いてある蚊火が燃え上がらずにくすぶっているようなものです。私が恋するということは。
0993 いそのかみ布留の早田の穂には出でず心の内に恋ひやわたらむ
いそのかみ ふるのわさだの ほにワいでず こころのうちに こいやわたらん
大和の国布留の最も早く熟する稲の穂がまだ出ていないように私も表に出さず心の内に思い続けているのでしょうか。
0994 春日野のわかむらさきの摺り衣しのぶの乱れ限り知られず   伊勢物語 初段
かすがのの わかむらさきの すりごろも しのぶのみだれ かぎりしられず  
春日野の若紫のように美しい人を垣間見た私の心は、むらさきの根で染めた摺り衣の信夫模様のように乱れてしまっています。
0995 むらさきの色に心はあらねども深くぞ人を思ひそめつる
むらさきの いろにこころワ あらねども ふかくぞひとを おもいそめつる
私の心はむらさきを染めた色ではないけれど、あなたをその様に深く思い初めています。
0996 瓶の原わきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ
みかのはら わきてながるる いずみがわ いつみきとてか こいしかるらん
カメから湧き出るように瓶の原を分けて流れる泉川。その名のようにいつ見たということでその人を溢れんばかりに恋しいのかな。
0997 園原や伏屋に生ふる帚木のありとは見えて逢はぬ君かな
そのはらや ふせやにおうる ははきぎの ありとワみえて あわぬきみかな
園原の小さな粗末な家に生えている帚木のように、確かにいるようだけど近づいて逢うことができないあなたです。
0998 年を経て思ふ心のしるしにぞ空もたよりの風は吹きける
としをへて おもうこころの しるしにぞ そらもたよりの かぜワふきける
ずっとあなたを思い続けた心が報われたのでしょう、当てにならない空もよい便り風が吹きました。
0999 年月はわが身に添えて過ぎぬれど思ふ心のゆかずもあるかな
としつきは わがみにそえて すぎぬれど おもうこころの ゆかずもあるかな
年月は我が身と同じように過ぎましたが、思う心は思うように進展しないので晴れ晴れしないのですね。
1000 もろともにあはれといはずは人しれぬ問わはず語りをわれのみやせむ
もろともに あわれといわずワ ひとしれぬ とわわずかたりを われのみやせん
あなたが私と同じく思っていると言わないと、あなたにも知られないまま他人が聞きもしないのに自分だけで語るのでしょうか。
1001 人づてに知らせてしかな隠れ沼の水籠りにのみ恋ひやわたらむ
ひとづてに しらせてしかな かくれぬの みごもりにのみ こいやわたらん
人づてに私の恋心をあの人に知らせたいなあ。隠れ沼が人に気付かれないように心の内にこのまま恋し続けるのでしょうか。
1002 水籠りの沼の岩垣つつめどもいかなる隙に濡るる袂ぞ
みごもりの ぬまのいわがき つつめども いかなるひまに ぬるるたもとぞ
隠れ沼の岩垣、それが堤となるように、人目を包み隠しても、どのような隙から涙がもれてこのように濡れる袂なんでしょうか。
1003 唐衣袖に人目はつつめどもこぼるるものは涙なりけり
からごろも そでにひとめワ つつめども こぼるるものワ なみだなりけり
唐衣の袖で人目は包み隠したけど、こぼれるものはあなた恋しさに流す涙でした。
1004 天つ空豊の明りに見し人のなほ面影のしひて恋しき
あまつそら とよのあかりに みしひとの なおおもかげの しいてこいしき
遥か彼方の遠い人なのでしょうか。宮中の豊明りの節会で見たあなたの面影が今もなお恋しくてなりません。
1005 あらたまの年に任せて見るよりはわれこそ越えぬ逢坂の関
あらたまの としにまかせて みるよりワ われこそこえぬ おおさかのせき
新年をただじっとして迎えることをするよりは、私の方からあなたに会いに行く為に越えましょう逢坂の関を。
1006 わが宿はそことも何か教ふべきいはでこそ見め尋ねけりやと
わがやどワ そこともなにか おしうべき いわでこそみめ たづねけりやと
私の家はどこそこにありますとどうして教えましょうか。言わないで見ております、あなたが探したかどうかを。
1007 わが思ひ空のけぶりとなりぬれば雲居ながらもなほ尋ねてむ
わがおもい そらのけむりと なりぬれば くもいながらも なおたづねてん
私の思いは空の煙となりましたので、あなたが雲居にいてもなお探しましょう。
1008 しるしなきけぶりを雲にまがえつつ夜を経て富士の山と燃えなむ
しるしなき けむりをくもに まがえつつ よをへてふじの やまともえなん
効果のない恋の思いの煙を立ち昇らせ、、雲に紛れさせながら幾夜も富士の山のように燃えているのでしょう。
1009 けぶり立つ思ひならねど人しれずわびては富士のねをのみぞ泣く
けむりたつ おもいならねど ひとしれず わびてはふじの ねをのみぞなく
煙が立ち昇る思いの火ではないが、相手に知ってもらえず侘しくて富士の峰(ね)ならぬ音(ね)をたてて泣き伏しています。
1010 風吹けば室の八島の夕けぶり心の空に立ちにけるかな
かぜふけば むろのやしまの ゆうけむり こころのそらに たちにけるかな
風が吹くと下野の国の室の八島の夕煙のように、私の恋の思いの煙が心の空に立ち昇りましたよ。
1011 白雲の峰にしもなど通ふらむおなじ三笠の山の麓を
しらくもの みねにしもなど かようらん おなじみかさの やまのふもとを
白雲はよりによってどうして上官に通うのでしょうか。同じ官職の近衛の私がいるのに。
1012 けふもまたかくや伊吹のさしもぐささらばわれのみ燃えやわたらむ
きょうもまた かくやいぶきの さしもぐさ さらばわれのみ もえやわたらん
あなたは今日もこの様にひどいことを言うのですか。それなら私だけが伊吹のさしも草のように恋の思ひで燃え続けるのでしょうか。
1013 筑波山端山繁山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり
つくばやま はやましげやま しげけれど おもいいるにワ さわらざりけり
常陸の国には、人里近い山、草木の繁った山など重なっていますが、分け入ろうと一途に思っている私には邪魔にならないですよ。
1014 われならぬ人に心を筑波山したに通はむ道だにやなき
われならぬ ひとにこころを つくばやま したにかよわん みちだにやなき
私以外の人に心を寄せいる筑波山のあなた、その山にこっそり通う道だけでもないものでしょうか。
1015 人知れず思ふ心は足引きの山下水の湧きやかへらむ
ひとしれず おもうこころワ あしびきの やましたみずの わきやかえらん
気付かれないままあなたのことを思っている私の心は、山のふもとを流れる水が湧きかえるかのように激しく高まっています。
1016 にほふらむ霞の内の桜花思ひやりても惜しき春かな
におうらん かすみのうちの さくらばな おもいやりても おしきはるかな
際立って美しく目に映るであろう霞の内の桜花。それを想像するにしても見られないので惜しまれる春です。
1017 幾返り咲き散る花をながめつつ物思ひくらす春に逢ふらむ
いくかえり さきちるはなを ながめつつ ものおもいくらす はるにあうらん
今までに何度咲いては散る花をじっと見つめては物思いに更ける日々を過ごした春を経験したでしょう。
1018 奥山の峰飛び越ゆる初雁のはつかにだにも見でややみなむ
おくやまの みねとびこゆる はつかりの はつかにだにも みでややみなん
奥山の峰を飛び越えて行く初雁のようにわずかにでも見たいのに見ないままに終わってしまうのでしょうか。
1019 大空を渡る春日の影なれやよそにのみしてのどけかるらむ
おおぞらを わたるかすがの かげなれや よそにのみして のどけかるらん
あなたは大空を渡る春のおひさまだから宮中を留守にして里でのどかに過ごしているのですね
1020 春風の吹くにもまさる涙かなわが水上も氷解くらし
はるかぜの ふくにもまさる なみだかな わがみなかみも こおりとくらし
春風が吹いているにしてもいつもより多く流れる涙です。私の涙川の水上の氷も解けるらしいです。
1021 水の上に浮きたる鳥の跡もなくおぼつかなさを思ふ頃かな
みずのうえに うきたるとりの あともなく おぼつかなさを おもうころかな
水の上に浮いている鳥の足跡が水面に残らないように、あなたからの便りがないことを気がかりに思う今日この頃です。
1022 片岡の雪間に根ざす若草のほのかに見てし人ぞ恋しき
かたおかの ゆきまにねざす わかくさの ほのかにみてし ひとぞこいしき
片岡の雪間に根をおろして芽生えた若草のわずかの緑、その様にわずかに見たあの人が恋しいことですよ。
1023 跡をだに草のはつかに見てしかな結ぶばかりのほどならずとも
あとをだに くさのはつかに みてしかな むすぶばかりの ほどならずとも
足跡をわずかに生えた草の上に見てみたいものです。その草を結ぶほどの関係ではなくてもね。
1024 霜の上に跡ふみつくる浜千鳥ゆくへもなしと音をのみぞ鳴く
しものうえに あとふみつくる はまちどり ゆくへもなしと ねをのみぞなく
霜の上を踏んで足跡をつける浜千鳥は行く先も分からず声をあげて泣いてます。返事も来ない私はどうしたらいいのでしょう。
1025 秋萩の枝もとををにおく露のけさ消えぬとも色に出でめや
あきはぎの えだもとををに おくつゆの けさきえぬとも いろにいでめや
秋萩の枝もたわわに置く露のように今朝命が絶えてしまっても恋心を顔に出してしまうのかなあ。
1026 秋風に乱れてものは思へども萩の下葉の色は変らず
あきかぜに みだれてものワ おもえども はぎのしたばの いろワかわらず
秋風に吹かれて萩の枝が乱れるように私の恋心も乱れていますが、萩の下葉の色が変わるよう顔に出したりしません。
1027 わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶももみぢしにけり
わがこいも いまワいろにや いでなまし のきのしのぶも もみじしにけり
忍んできた私の恋心も今では顔に現れるようになってしまったようです。軒に生えている忍ぶ草も赤くなってしまいました。
1028 いそのかみ布留の神杉古りぬれど色には出でず露も時雨も
いそのかみ ふるのかみすぎ ふりぬれど いろにワいでず つゆもしぐれも 
石上布留の神杉は年月と共に古木になりましたが紅葉することはありません。木々を紅葉させる露や時雨にあってでもです。
1029 わが恋は真木の下葉に洩る時雨濡れるとも袖の色に出でめや
わがこいワ まきのしたばに もるしぐれ ぬれるともそでの いろにいでめや
私の恋は、真木の下葉に洩れる時雨が葉を濡らしても紅葉しないように、私の袖も涙に濡れても決して色は変らないのです。
1030 わが恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風騒ぐなり
わがこいワ まつをしぐれの そめかねて まぐすがはらに かぜさわぐなり
私の恋は時雨が松を紅葉させないように顔に表さないので、心が乱れて葛の葉が茂った原に風が吹きまくっているようなものです。
1031 空蝉の鳴く音やよそにもりの露ほしあへぬ袖を人の問うふまで
うつせみの なくねやよそに もりのつゆ ほしあえぬそでを ひとのとうまで
蝉の鳴くように泣く私の声はよそに漏れたのかな。森の露のような涙にぬれて干し切れない私の袖を人が尋ねるまでに。
1032 思ひあれば袖に蛍をつつみてもいはばやものを問ふ人はなし
おもいあれば そでにほたるを つつみても いわばやものを とうひとワなし
恋の思いの炎を袖に蛍を包んでも伝えたいのに、「どうしたの」とあの人は問うてもくれません。
1033 思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮れの空
おもいつつ へにけるとしの かいやなき ただあらましの ゆうぐれのそら
あの人を思いながら過ごしてきた年月も甲斐がないのでしょうか。ただ願っているだけで終わってしまいそうな夕暮れの空です。
1034 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする
たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする
私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ。生き長らえていると忍んでいることが出来なくなり心が外に現れてしまうかもしれません。
1035 忘れてはうち歎かるる夕べかなわれのみ知りて過ぐる月日を
わすれてワ うちなげかるる ゆうべかな われのみしりて すぐるつきひを
忘れようとしては嘆いてしまう夕べです。私だけが知っている私の恋心と共に過ごしてきた月日を。
1036 わが恋は知る人もなし堰く床の涙漏らすなつげのを枕
わがこいワ しるひともなし せくとこの なみだもらすな つげのおまくら
私の恋を知っている人もいません。堰き止めている床の涙を人に告げないでね、黄楊の枕よ。
1037 忍ぶるに心の隙はなけれどもなほ洩ものは涙なりけり
しのぶるに こころのひまワ なけれども なおもるものワ なみだなりけり
恋心を忍んでいることに心は油断なく気を配っているけれど、それでも漏れるのは私の涙でした。
1038 つらけれど恨みむとはた思ほえずなほゆく先を頼む心に
つらけれど うらみんとはた おもおえず なおゆくさきを たのむこころに
あなたの冷たさに恨みを持ったりとは思ったりできません。いずれはこの恋も成就するだろうと期待しているので。
1039 雨こそは頼まば洩らめ頼まずは思はぬ人と見てをやみなむ
あめこそワ たのまばもらめ たのまずワ おもわぬひとと みてをやみなん
雨は期待すれば漏れることもあるでしょう。期待してくださらなかったら私のことを思ってない人とみて終わってしまうでしょう。
1040 風吹けばとはに波越す磯なれやわが衣手の乾く時なき
かぜふけば とわになみこす いそなれや わがころもでの かわくときなき
風が吹けばいつでも波が越えてくる磯なんでしょうか。私の袖は涙で乾く時がありません。
1041 須磨の海人の波懸け衣よそにのみ聞くはわが身になりにけるかな
すまのあまの なみかけころも よそにのみ きくワわがみに なりにけるかな 
須磨の海人の波に濡れた衣を我が身には関係ないものとして聞いていたが、自分のことになってしまいました。
1042 沼ごとに袖ぞ濡れぬるあやめ草心に似たる根を求むとて
ぬまごとに そでぞぬれぬる あやめぐさ こころににたる ねをもとむとて
どの沼でも袖が濡れてしまいました。長い恋心に似たあやめ草の根を探し求める際に。
1043 ほととぎすいつかと待ちしあやめ草けふはいかなる音にか鳴くべき
ほととぎす いつかとまちし あやめぐさ きょうワいかなる ねにかなくべき
ほととぎすは5月5日がいつ来るかと待っていました。あやめの根をかける今日はどのように声で鳴けばいいのでしょう。
1044 さみだれは空おぼれするほととぎす時に鳴く音は人も咎めず
さみだれワ そらおぼれする ほととぎす ときになくねワ ひともとがめず
さみだれが降っている時にとぼけて鳴くほととぎすが、鳴くべき時に鳴く声は誰も咎めないでしょう。
1045 ほととぎす声をば聞けど花の枝にまだ踏みなれぬものをこそ思へ
ほととぎす こえをばきけど はなのえに まだふみなれぬ ものをこそおもえ
ほととぎすの声を聞きましたが、花の枝を踏み馴れていないので思い悩んでいます。
1046 ほととぎす忍ぶるものを柏木のもりても声の聞えけるかな
ほととぎす しのぶるものを かしわぎの もりてもこえの きこえけるかな
ほととぎすは忍んで鳴いていたのに柏木の森の外に声が漏れてあなたに聞かれてしまったのですね。
1047 心のみ空になりつつほととぎす人頼めなる音こそ泣かるれ
こころのみ そらになりつつ ほととぎす ひとたのめなる ねこそなかるれ
心がうわの空になっています。ほととぎすの期待を抱かせる声を聞くと泣き出してしまって。
1048 み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟のわれをばよそに隔てつるかな
みくまのの うらよりおちに こぐふねの われをばよそに へだてつるかな
熊野の浦より遠くに漕いでいく舟のように、私を直接関係のないものとして隔ててしまったのですね。
1049 難波潟みじかき蘆のふしのまも逢はでこの世を過ぐしてよとか
なにわがた みじかきはしの ふしのまも あわでこのよを すぐしてよとか
難波潟の葦のあのように短い節と節の間のようなしばしの間も逢わないでこの世を終えてしまいなさいと言うのですか。
1050 み狩りする狩場の小野のなら柴のなれはまさらで恋ぞまされる
みかりする かりばのおのの ならしばの なれワまさらで こいぞまされる
御君が狩りをなさる狩場の野原の楢柴のように馴れて心が離れたりしないで益々恋心が増していきます。
1051 有度浜のうとくのみやは世をば経む波のよるよる逢ひ見てしかな
うどはまの うとくのみやワ よをばへん なみのよるよる あいみてしかな
有度浜ではないですが、疎遠の身のままで世を過ごしたくありません。浜辺に波が寄るように夜な夜な逢いたいものです。
1052 東路の道のはてなる常陸帯のかことばかりも逢はむとぞ思ふ
あずまじの みちのはてなる ひたちおびの かことばかりも あわんとぞおもう
東海道の果てにある常陸国の鹿島での神事で使われるかこではないがかこつけても逢いたいと思ってます。
1053 濁り江のすまむことこそ難からめいかでほのかに影を見せまし
にごりえの すまんことこそ かたからめ いかでほのかに かげをみせまし
濁った江が澄むのが難しいように一緒に住むことは難しいでしょうがなんとかして少しでもお姿をお見せください。
1054 時雨降る冬の木の葉のかわかずぞ物思ふ人の袖はありける
しぐれふる ふゆのこのはの かわかずぞ ものおもうひとの そでワありける
時雨が降るそそぐ冬の木の葉は乾く間がありません。その様に恋にもの思う私の袖は涙で濡れて乾く間がありません。
1055 ありとのみ音に聞きつつ音羽川渡らば袖に影も見えなむ
ありとのみ おとにききつつ おとわがわ わたらばそでに かげもみえなん
私のことをいるとうわさに聞きながら渡って来られないあなたが、もし渡ったならば濡れた袖に私の姿が見えることでしょう。
1056 水茎の丘の木の葉を吹き返したれかは君を恋ひむと思ひし
みずくきの おかのこのはを ふきかえし たれかワきみを こいんとおもいし
水茎の岡の木の葉を吹き返すように手紙を返しておいて、誰が諦めたあなたをまた恋すると思ったのでしょう。
1057 わが袖に跡ふみつけよ浜千鳥逢ふことかたし見ても偲ばむ
わがそでに あとふみつけよ はまちどり おうことかたし みてもしのばん
わが袖に足跡を踏みつけておくれ浜千鳥よ。文をつけてくれたら逢うことは難しいのでそれを見ながら偲ぶことにしましょう。
1058 冬の夜の涙にこほるわが袖の心とけずも見ゆる君かな
ふゆのよの なみだにこおる わがそでの こころとけずも みゆるきみかな
冬の夜に、涙で凍り付いた私の袖のように、心も打ち解けないように感じられるあなたですね。
1059 霜氷心もとけぬ冬の池に夜ふけてぞ鳴くをしの一声
しもごおり こころもとけぬ ふゆのいけに よふけてぞなく おしのひとこえ
1060 涙川身も浮くばかり流るれど消えぬは人の思ひなりけり
なみだがわ みもうくばかり ながるれど きえぬワひとの おもいなりけり
1061 いかにせむ久米路の橋の中空に渡しもはてぬ身とやなりなむ
いかにせん くめじのはしの なかぞらに わたしもはてぬ みとやなりなん
1062 たれぞこの三輪の檜原も知らなくに心の杉のわれを尋ぬる
たれぞこの みわのひわらも しらなくに こころのすぎの われをたずぬる
1063 わが恋はいはぬばかりぞ難波なる蘆のしの屋の下にこそ焚け
わがこいワ いわぬばかりぞ なにわなる あしのしのやの したにこそたけ
1064 わが恋は荒磯の海の風をいたみしきりに寄する波のまもなし
わがこいワ あらいそのうみの かぜをいたみ しきりによする なみのまもなし
1065 須磨の浦に海人の樵り積む藻塩木のからくも下に燃えわたるかな
すまのうらに あまのこりつむ もしおぎの からくもしたに もえわたるかな
1066 あるかひも渚に寄する白波のまなく物思ふわが身なりけり
あるかいも なぎさによする しらなみの まなくものおもう わがみなりけり
1067 足引の山したたぎつ岩波の心くだけて人ぞ恋しき
あしびきの やましたたぎつ いわなみの こころくだけて ひとぞこいしき
1068 足引の山したしげき夏草の深くも君を思ふ頃かな
あしびきの やましたしげき なつくさの ふかくもきみを おもうころかな
1069 牡鹿臥す夏野の草の道をなみしげき恋路にまどふ頃かな
おじかふす なつののくさの みちをなみ しげきこいじに まどうころかな
1070 蚊遣火のさ夜ふけがたの下こがれ苦しやわが身人しれずのみ
かやりびの さよふけがたの したこがれ くるしやわがみ ひとしれずのみ
1071 由良の門を渡る舟人梶を絶えゆくへも知らぬ恋の道かな
ゆらのとを わたるふなびと かじをたえ ゆくえもしらぬ こいのみちかな
1072 追風に八重の潮路をゆく舟のほのかにだにも逢ひ見てしかな
おいかぜに やえのしおじを ゆくふねの ほのかにだにも あいみてしかな
1073 梶を絶え由良の湊に寄る舟のたよりも知らぬ沖つ潮風
かじをたえ ゆらのみさきに よるふねの たよりもしらぬ おきつしおかぜ
1074 しるべせよ跡なき波に漕ぐ舟のゆくへも知らぬ八重の潮風
しるべせよ あとなきなみに こぐふねの ゆくえもしらぬ やえのしおかぜ
1075 紀ノ国や由良の岬に拾ふてふたまさかにだに逢ひ見てしかな
きのくにや ゆらのみさきに ひろうちょう たまさかにだに あいみてしかな
1076 つれもなき人の心のうきにはう蘆の下根の音をこそは泣け
つれもなき ひとのこころの うきにはう あしのしたねの おとをこそワなけ
1077 難波人いかなる江にか朽ちはてむ逢ふことなみに身をつくしつつ
なにわびと いかなるえにか くちはてん あうことなみに みをつくしつつ
1078 海人の刈るみるめを波にまがへつつ名草の浜を尋ねわびぬる
あまのかる みるめをなみに まがえつつ なぐさのはまを たずねわびぬる
1079 逢ふまでのみるめ刈るべき潟ぞなきまだ波馴れぬ磯のあま人
あうまでの みるめかるべき かたぞなき まだなみなれぬ いそのあまびと
1080 みるめ刈る潟やいづくぞ棹さしてわれに教えよ海人の釣船
みるめかる かたやいづくぞ さおさして われにおしえよ あまのつりぶね



上に戻る