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かくとだに思ふ心を岩瀬山下ゆく水の草隠れつつ  後徳大寺左大臣 (巻第十二 恋歌二1088番)  2018/4/3−2018/0/0


和歌番号 和歌
1081 下燃えに思ひ消えなむけぶりだに跡なき雲のはてぞかなしき
したもえに おもいきえなん けむりだに あとなきくもの はてぞかなしき
密かに思い焦がれて亡くなって、荼毘の煙さえも跡を残さない雲となってしまうのかと思うと悲しい恋です。
1082 なびかじな海人の藻塩火たきそめてけぶりは空にくゆりわぶとも
なびかじな あまのもしおび たきそめて けむりはそらに くゆりわぶとも
なびかないでしょうね。海人が藻塩を焼く火を焚き始め、甚だしく煙って空を染ていても。
1083 恋をのみ須磨の浦人藻塩たれほしあへぬ袖のはてを知らばや
こいをのみ すまのうらびと もしおたれ ほしあえぬそでの はてをしらばや
恋ばかりする須磨の浦人は泣き崩れて袖を乾かしている間がありません。その袖がしまいにはどうなってしまうのか知りたいですね。
1084 みるめこそ入りぬる磯の草ならめ袖さへ波の下に朽ちぬる
みるめこそ いりぬるいその くさならめ そでさえなみの したにくちぬる
海松は潮が満ちれば海に入ってしまう磯の草だけど、私の袖さえも涙の波の下に朽ちてしまいましたよ。
1085 君恋ふと鳴海の浦の浜久木しをれてのみも年を経るかな
きみこうと なるみのうらの はまひさぎ しおれてのみも としをふるかな
あなたに恋するようになった身は、鳴海の浦の浜に生えている久木のようなもの。涙にしおれて私の身も長い年月を重ねましたよ。
1086 知るらめや木の葉降りしく谷水の岩間にもらす下の心を
しるらめや このはふりしく たにみずの いわまにもらす したのこころを
あの人は知らないでしょうね。木の葉が降り散って敷く谷川の岩の間に洩れる水のように、漏れ出ずる私の心を。
1087 もらすなよ雲ゐる峰の初時雨木の葉は下に色変わるとも
もらすなよ くもいるみねの はつしぐれ このはワしたに いろかわるとも
洩らすなよ。雲がかかる峰に降る初時雨を。たとえ木の葉は雲の下で紅葉しても。袖は紅涙に染まっても恋心を外に洩らすまい。
1088 かくとだに思ふ心を岩瀬山下ゆく水の草隠れつつ
かくとだに おもうこころを いわせやま したゆくみずの くさかくれつつ
これだけ思い焦がれているのだという心を言わないでおこう。岩瀬山の下を流れる水が草に隠れながら流れるように。
1089 もらさばや思ふ心をさてのみはえぞ山城の井手のしがらみ
もらさばや おもうこころを さてのみは えぞやましろの いでのしがらみ
いっそ洩らしてしまいたい。恋しく思う心を。山城の井手の柵が水を堰ききれないように、忍んでばかりいてもいられそうにないから。
1090 恋しともいはば心のゆくべきに苦しや人目つつむ思ひは
こいしとも いわばこころの ゆくべきに くるしやひとめ つつむおもいは 
恋しいと言ってしまえば心も晴れるのに、苦しいことです、人目をはばかって隠している恋の思ひは。
1091 人しれぬ恋にわが身は沈めどもみるめに浮くは涙なりけり
ひとしれぬ こいにわがみワ しずめども みるめにうくは なみだなりけり
あの人に知られないでいる恋にわたしの身は沈んでいますが、あの人を見る目に浮かぶのは涙でした。
1092 物思ふといはぬばかりは忍ぶともいかがはすべき袖の雫を
ものおもうと いわぬばかりは しのぶとも いかがワすべき そでのしずくを
恋の思ひに悩んでいることは人に知られないように耐えてますが、どうしたものか、袖からこぼれる涙の雫を
1093 人知れず苦しきものは信夫山下はふ葛のうらみなりけり
ひとしれず くるしきものは しのぶやま したはうくずの うらみなりけり
あの人に知られず苦しいものは、信夫山の下に蔓の延びている葛の葉の裏見、恨み心ですよ。
1094 消えねただ信夫の山の峰の雲かかる心の跡もなきまで
きえねただ しのぶのやまの みねのくも かかるこころの あともなきまで
ただ消えてしまいなさい、信夫の山の峰に懸かる雲よ。このような忍ぶ恋の心のあとかたも無いまでに。
1095 限りあれば信夫の山のふもとにも落葉が上の露と色づく
かぎりあれば しのぶのやまの ふもとにも おちばがうえの つゆといろづく
ものには限度というものがあるから、信夫山の麓の落葉の上に置いた露がもみじの紅に色づきます。袖に置いた露が紅涙で染まってしまいます。
1096 うちはへて苦しきものは人目のみしのぶの浦の海人のたく縄
うちはえて くるしきものワ ひとめのみ しのぶのうらの あまのたくなわ
いつまでも苦しいのは、しのぶの浦で海人が、長く伸ばした楮(こうぞ)の樹皮で作った縄をたぐる作業のように人目ばかりを忍ぶ恋です。
1097 忍はじよ石間づたひの谷川も瀬を堰くにこそ水まさりけれ
しのばじよ いしまづたいの たにがわも せをせくにこそ みずまさりけれ
もう忍びませんよ。石の間を伝って流れる谷川も、流れをさえぎって止めることで、かえって水かさがまさるのです。
1098 人もまだ踏み見ぬ山の岩隠れ流るる水を袖に堰くかな
ひともまだ ふみみぬやまの いわかくれ ながるるみずを そでにせくかな
人もまだ踏み歩いて見たことのない山の岩陰に流れる水を袖で堰き止めますよ。片思いですが、恋しい人が文を見てくれないので、人目に隠れて溢れる涙を袖で抑えています。
1099 遥かなる岩のはざまにひとりゐて人目思はで物思はばや
はるかなる いわのはざまに ひとりいて ひとめおもわで ものおもわばや
人里から離れた遥かな山の岩間の間に一人いて、人目を気にせず恋の物思いにふけりたい。
1100 数ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をも恨みめ
かずならぬ こころのとがに なしはてじ しらせてこそワ みをもうらみめ
身の程知らずの恋心を抱いたこと過ちではないことにしよう。告白して、叶わなかったらわが身のつたなさを恨もう。
1101 草深き夏野分けゆくさを鹿の音をこそ立てね露ぞこぼるる
くさふかき なつのわけゆく さおじかの ねをこそたてね つゆぞこぼるる
草が深く生い茂った夏の野を分け行く牡鹿は泣き声を立てないけど草葉の露がこぼれています。
1102 後の世を嘆く涙といひなして絞りやせまし墨染めの袖
のちのよを なげくなみだと いいなして しぼりやせまし すみぞめのそで
来世を嘆く涙と言いつくろって、忍ぶ恋の涙で濡れたこの墨染めの袖を絞りましょう。
1103 玉章の通ふばかりになぐさめて後の世までの恨み残すな
たまづさの かよふばかりに なぐさめて のちのよまでの うらみのこすな
手紙のやり取りだけで私への気持ちを慰めて、後世まで成就しなかったという恨みを残さないでくださいね。
1104 ためしあればながめはそれと知りながらおぼつかなきは心なりけり
ためしあれば ながめワそれと しりながら おぼつかなきワ こころなりけり
業平の例もありますから、あなたがじっと見つめているのは、恋の物思いと分かりますが、はっきりしないのは、 私たちの誰にご執心かということです。 伊勢物語99段
1105 いはぬより心やゆきてしるべするながむる方を人の問ふまで
いわぬより こころやゆきて しるべする ながむるかたを ひとのとふまで
口に出して言わないうちに私の心がそちらに行って恋の道しるべをしたのでしょうか。じっと見つめる先をあなたが尋ねるまでに。 伊勢物語99段
1106 ながめわびそれとはなしにものぞ思ふ雲のはたての夕暮れの空
ながめわび それとワなしに ものぞおもう くものはたての ゆうぐれのそら
じっと眺めているいるのにも飽きてしまった。何となく物思いをしている雲のはての夕暮れの空を。
1107 思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞ降る
おもいあまり そなたのそらを ながむれば かすみをわけて はるさめぞふる
あなたのことを思いあふれ、あなたのいる方の空を眺めると、立ちこめる霞を分けるように春雨が降っています。
1108 山賤の麻のさ衣をさをあらみあはで月日やすぎ葺ける庵
やまがつの あさのさごろも をさ(筬)をあらみ あわでつきひや すぎふけるいお
山賤が身にまとう麻衣は、筬が荒いので、目が合わないが、その様に恋人とも逢わないで月日が過ぎるのかな。杉板を葺いたこの庵で。
1109 思へどもいはで月日はすぎの門さすがにいかが忍びはつべき
おもえども いわでつきひは すぎのかど さすがにいかが しのびはつべき
心に思う人に告白せずに杉の門を閉ざすように月日は過ぎてしまった。さすがにいつまでもこの恋心を忍びきれるのかな。
1110 逢ふことは交野の里の笹の庵しのに露散る夜はの床かな
おうことは かたののさとの ささのいお しのにつゆちる よわのとこかな
あの人に逢うことは難し。交野の笹葺きの庵で思っていると、しきりに涙の露が散る夜の床です。
1111 散らすなよしのの葉草のかりにても露かかるべき袖の上かは
ちらすなよ しののはくさの かりにても つゆかかるべき そでのうえかわ
散らすなよ。しのの葉草を刈る時も、葉に置いた露を。仮初めにもかかって良い私の袖の上でしょうか。
1112 白玉か露かと問はむ人もがな物思ふ袖をさして答へむ
しらたまか つゆかととわん ひともがな ものおもうそでを さしてこたえん
「白玉か、露か」と尋ねる人がいてほしいなあ。その時は、物思いで涙するこの袖をさして答えましょう。  伊勢物語6段
1113 いつまでの命もしらぬ世の中につらき歎きのやまずもあるかな
いつまでの いのちもしらぬ よのなかに つらきなげきの やまずもあるかな
いつまで生きられるか分からないこの世の中で、つらい恋の歎きがやまないのです。
1114 わが恋は千木の片そぎかたくのみゆきあはで年のつもりぬるかな
わがこいは ちぎのかたそぎ かたくのみ ゆきあわでとしの つもりぬるかな
私の恋は、住吉の社の千本の片そぎのようなもの。逢ふことは難く、行き逢わずに何年も経てしまいました。
1115 いつとなく塩焼く海人の苫びさし久しくなりぬ逢はぬ思ひは
いつとなく しおやくあまの とまびさし ひさしくなりぬ あわぬおもいは
いつもいつも塩を焼いている海人の苫屋の庇ではないが、久しくなりました、逢えなくて思いの火を燃やしていることが。
1116 藻塩焼く海人の磯屋の夕けぶり立つ名も苦し思ひ絶えなで
もしおやく あまのいそやの ゆうけぶり たつなもくるし おもいたえなで
藻塩を焼く海人の磯辺の小屋からたつ夕方の煙。そのように立つ恋の噂も苦しい、恋しく思う心の火が絶えなくて。
1117 須磨の海人の袖に吹きこす潮風のなるとはすれど手にもたまらず
すまのあまの そでにふきこす しおかぜの なるとワすれど てにもたまらず
須磨の海人の袖に吹き過ぎていく潮風のように、馴れ親しんではいるのにあの人の心を捕まえることが出来ません。
1118 ありとても逢はぬためしの名取川朽ちだにはてね瀬々の埋れ木
ありとても あわぬためしの なとりがわ くちだにはてね せぜのうもれぎ
生きていても逢えない先例だ、という評判を取りそうです。いっそのこと朽ち果ててしまえ、瀬々の埋もれ木よ。
1119 歎かずよ今はたおなじ名取川瀬々の埋れ木朽ちはてぬとも
嘆かないよ。浮名を取ってしまった今では同じこと。名取川の瀬々の埋もれ木のように埋もれてしまっても。
1120 涙川たぎつ心の早き瀬をしがらみかけて堰く袖ぞなき
なみだがわ たぎつこころの はやきせを しがらみかけて せくそでぞなき
1121 よそながらあやしとだにも思へかし恋せぬ人の袖の色かは
よそながら あやしとだにも おもえかし こいせぬひとの そでのいろかわ
1122 忍びあまり落つる涙を堰きかへし抑ふる袖よ憂き名もらすな
しのびあまり おつるなみだを せきかえし おさふるそでよ うきなもらすね
1123 くれなゐに涙の色のなりゆくをいくしほまでと君に問はばや
くれないに なみだのいろの なりゆくを いくしほまでと きみにとわばや
1124 夢にても見ゆらむものを歎きつつうち寝る宵の袖のけしきは
ゆめにても みゆらんものを なげきつつ うちねるよいの そでのけしきワ
1125 覚めてのち夢なりけりと思ふにも逢ふはなごりのをしくやはあらぬ
さめてのち ゆめなりけりと おもうにも 会うワなごりの おしくやワあらぬ
1126 身にそへるその面影も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに
みにそえる そのおもかげも きえななん ゆめなりけりと わするばかりに
1127 夢のうちに逢ふとみえつる寝覚めこそつれなきよりも袖は濡れけれ
ゆめのうちに あうとみえつる ねざめこそ つれなきよりも そでワぬれけれ
1128 頼めおきし浅茅が露に秋かけて木の葉ふりしく宿の通ひ路
たのめおきし あさじがつゆに あきかけて このはふりしく やどのかよいじ
1129 忍びあまり天の川瀬にことよせむせめては秋を忘れだにすな
しのびあまり あまのかわせに ことよせん せめてワあきを わすれだにすな
1130 頼めてもはるけかるべき帰山幾重の雲のうちに待つらむ
たのめても はるけかるべき かえるやま いくえのくもの うちにまつらん
1131 逢ふことはいつと伊吹の峰におふるさしも絶えせぬ思ひなりけり
あうことは いつといぶきの みねにおうる さしもたえせぬ おもいなりけり
1132 富士の嶺のけぶりもなほぞ立ち昇る上なきものは思ひなりけり
ふじのみねの けむりもなおぞ たちのぼる うえなきものワ おもいなりけり
1133 無き名のみ立田の山に立つ雲のゆくへも知らぬながめぞする
なきなのみ たつたのやまに たつくもの ゆくえもしらぬ ながめぞする
1134 逢ふことのむなしき空の浮雲は身を知る雨のたよりなりけり
あうことの むなしきそらの 浮雲ワ みをしるあめの たよりなりけり
1135 わが恋は逢ふを限りの頼みだにゆくへも知らぬ空の浮雲
わがこいワ あうをかぎりの たのみだに ゆくえもしらぬ そらのうきぐも
1136 面影の霞める月ぞやどりける春や昔の袖の涙に
おもかげの かすめるつきぞ やどりける はるやむかしの そでのなみだに
1137 床の霜枕の氷消えわびぬ結びもおかぬ人の契りに
ゆかのしも まくらのこおり きえわびぬ むすびもおかぬ ひとのちぎりに
1138 つれなさのつぐひまでやはつらからぬ月をもめでじ有明の空
つれなさの つぐひまでやワ つらからぬ つきをもめでじ ありあけのそら
1139 袖の上にてらゆゑ月は宿るぞとよそになしても人の問へかし
そでのうえに てらゆえつきワ やどるとぞ よそになしても ひとのとえかし
1140 夏引の手引きの糸の年へても絶えぬ思ひに結ぼほれつつ
なつびきの てびきのいとの としえても たえぬおもいに むすぼほれつつ
1141 幾代われ波にしをれて喜船川袖に玉散る物思ふらむ
いくよわれ なみにしおれて きぶねがわ そでにたまちる ものおもうらん
1142 年も経ぬ祈る契りは初瀬川尾上の鐘のよその夕暮れ
としもへぬ いのるちぎりワ はつせがわ おのえのかねの よそのゆうぐれ
1143 憂き身をばわれだにいとふいとへただそをだにおなじ心と思はむ
うきみをば われだにいとう いとえただ そをだにおなじ こころとおもわん 
1144 恋ひ死なむおなじ浮名をいかにしてあふにかへつと人にいはれむ
こいしなん おなじうきなを いかにして あうにかえつと ひとにいわれん
1145 あす知らぬ命をぞ思ふおのづからあらば逢ふ世を待つにつけても
あすしらぬ いのちをぞおもう おのずから あらばあうよを まつにかけても
1146
つれもなき人の心はうつせみのむなしき恋に実をやかへてむ
つれもなき ひとのこころワ うつせみの むなしきこいに みをやかえてん
1147 何となくさすがに惜しき命かなありへば人や思ひ知るとて
なにとなく さすがにおしき いのちかな ありえばひとや おもいしるとて
1148 思ひ知る人ありけりのよなりせばつきせず身をば恨みざらまし
おもいしる ひとありけりの よなりせば つきせずみをば うらみざらまし



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