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忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり 後鳥羽院 (巻第十四 恋歌四1271番)    2019/7/31−2020/0/0

和歌番号 和歌
1234 宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはで音をのみぞ泣く
よいよいに きみをあわれと おもいつつ ひとにワいわで ねをのみぞなく
夜ごとにあなたのことを愛しいと思いながら、誰にも言わないでただ声を上げて泣いてます。
1235 君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなる心ちかはする
きみだにも おもいいでける よいよいを まつワいかなる ここちかワする
そんなあなたでも思い出してくださる夜ごとに、私がどんな気持ちで待っているかお分かりですか。
1236 恋しさに死ぬる命を思ひ出でて問ふ人あらばなしと答へよ
こいしさに しぬるいのちを おもいいでて とうひとあらば なしとこたえよ
恋しさに耐えかねて死ぬ私のことを思い出して尋ねる人がいたなら、もうこの世にはいないと答えてください。
1237 別れてはきのふけふこそ隔てつれ千代しも経たる心ちのみする
わかれてワ きのうきょうこそ へだてつれ ちよしもへたる ここちのみする 
別れてから昨日、今日と二日過ぎただけなのに、もう千年も過ぎてしまったような気がしてます。
1238 きのふともけふとも知らず今はとて別れしほどの心まどひに
きのうとも きょうともしらず いまワとて わかれしほどの こころまどいに
昨日とも今日のこととも分かりません。「もう別れましょう。」と、言われた時のまま、心が思い惑っていますので。
1239 絶えぬるか影だに見えば問ふべきに形見の水は水草ゐにけり
たえぬるか かげだにみえば とうべきに かたみのみずワ みずくさいにけり 
訪れは絶えてしまったのかな。お姿が映し出されるなら問うてみたいものですが、調髪のためのコメのとぎ汁を入れる器には水草が生えて影も見えません。
1240 方々に引き分かれつつあやめ草あらぬねをやは掛けむと思ひし
かたがたに ひきわかれつつ あやめぐさ あらぬねをやワ かけんとおもいし
それぞれに分かれて暮らすことになり、、端午の節句に左右の別れて引く菖蒲の根ではなくて泣く音を袖にかけることになるとは思ってみたでしょうか。
1241 言の葉のうつろふだにもあるものをいとど時雨のふりまさるらむ
ことのはの うつろうだにも あるものを いとどしぐれの ふりまさるらん
秋に木の葉が色変わるようにあなたの心が変わるが辛いのに、追い打ちをかけるように時雨が降って散らしていきます。私はただ泣き崩れるだけです。
1242 吹く風につけても問はむささがきの通ひし道は空に絶ゆとも
ふくかぜに つけてもとわん ささがきの かよいしみちワ そらにたゆとも
吹く風に言付けてもお聞きしたいです。蜘蛛を見るとあの人が訪れるはずですが、来る道がその風に吹き飛ばされて途切れてしまうとも。
1243 葛の葉にあらぬわが身も秋風に吹くにつけつつ恨みつるかな
くずのはに あらぬわがみも あきかぜに ふくにつけつつ うらみつるかな
葛の葉ではない私の身ですが、秋風が吹くにつけて私に飽きたあなたを恨めしく思います。
1244 霜さやぐ野辺の草葉にあらねどもなどか人目のかれまさるらむ
しもさやぐ のべのくさばに あらねども などかひとめの かれまさるらん
霜が置いて、ザワザワと音がする野辺の草場ではないですが、どうしてあなたの訪れがサラサラと途絶えようとしているのでしょう。
1245 浅茅生ふる野辺や枯るらむ山がつの垣ほの草は色も変らず
あさじおうる のべやかるらん やまがつの かきほのくさワ いろもかわらず
浅茅が生える野辺の草は刈れているでしょうが、山に住む私の家の垣根の草は青々としています。
1246 霞むらむほどをも知らずしぐれつつ過ぎにし秋のもみぢをぞ見る
かすむらん ほどをもしらず しぐれつつ すぎにしあきの もみじをぞみる
春霞の時期になっていることも気が付かず、涙しながら過ごして、時雨が続く去年の秋の紅葉を見ています。
1247 今来むと頼めつつ経る言の葉ぞときはに見ゆるもみぢなりける
いまこんと たのめつつへる ことのはぞ ときはにみゆる もみじなりける
「すぐに行きます」と当てにさせながら、時が過ぎてしまったあなたの言葉の葉は、色の変わらない紅葉なんですね。
1248 たまぼこの道は遥かにあらねどもうたて雲居にまどふ頃かな
たまぼこの みちワはるかに あらねども うたてくもいに まどうころかな
あなたとの間の路は、遠く離れているわけではないのに、困ったことに空に迷うように宮中で惑う心持ちですよ。
1249 思ひやる心は空にあるものをなどか雲居に逢ひ見ざらむ
おもいやる こころワそらに あるものを などかくもいに あいみざらん
お慕いする心は上の空になっていますのに、どうして雲居の宮中でお会いできないのでしょうか。
1250 春雨の降りしく頃か青柳のいとど乱れて人ぞ恋しき
はるさめの ふりしくころか あおやぎの いとどみだれて ひとぞこいしき
春雨がよく降る時期ですねぇ。青柳の糸がたいそう乱れるように人が恋しいです。
1251 青柳のいと乱れたるこの頃は一筋にしも思ひよられじ
あおやぎの いとみだれたる このごろワ ひとすじにしも おもいよられじ
青柳の糸がたいそう乱れるこの時期は、私ひとすじだけに思ってるわけではないでしょ。
1252 青柳の糸はかたがたなびくとも思ひそめてむ色は変わらじ
あおやぎの いとワかたがた なびくとも おもいそめてん いろワかわらじ
青柳の糸はあちこちになびいたとしても色は変わらないように、初めて逢ったあなたのことは変わらず思っています。
1253 浅緑深くもあらぬ青柳は色変わらじといかが頼まむ
あさみどり ふかくもあらぬ あおやぎワ いろかわらじと いかがたのまん
浅緑色の色深くない青柳は色は変わらないと言えども、心の浅さを思ってとても頼りにはできません。
1254 いにしへのあふひと人は咎むともなほそのかみのけふぞ忘れぬ
いにしえの 葵と人ワ とがむとも なおそのかみの きょうぞわすれぬ
逢っていたのは昔のことではないかと人はとがめるかもしてませんが、それでもあのころの今日である葵祭りの日を忘れられません。
1255 枯れにけるあふひのみこそかなしけれあはれと見ずや賀茂の瑞垣
かれにける あうひのみこそ かなしけれ あわれとみずや かものみずかき
枯れてしまった葵のような、訪れの無くなった私の身が悲しいことです。哀れと思いませんか賀茂の瑞垣よ。
1256 逢ふことをはつかに見えし月影のおぼろにけにやはあはれとは思ふ
おおことを はつかにみえし つきかげの おぼろにけにや あわれとワおもう
あなたに逢うことは、あるかないかのように僅かでしたが、二十日の月のような月明かりのおぼろげさで逢っていたのではありませんよ。
1257 更科や姨捨山の有明のつきずもものを思ふ頃かな
さらしなや おばすてやまの ありあけの つきずもものを おもうころかな 
更級の姥捨山の有明の月、尽きることなく恋の物思ひをする今日この頃です。
1258 いつとてもあはれと思ふを寝ぬる夜の月はおぼろけなくなくぞ見し
いつとても あわれとおもうを ねぬるよの つきワおぼろけ なくなくぞみし
いつでも月は趣のあるものと思いますが、あなたと共に過ごした夜の月は格別であり、涙しながら見ました。
1259 更科の山よりほかに照る月もなぐさめかねつこの頃の空
さらしなの やまよりほかに てるつきも なぐさめかねつ このごろのそら
この頃の季節の空に、更級の姨捨山以外のどこの山からでも出る月は私の心を慰められないよ。
1260 天の戸をおし明け方の月見れば憂き人しもぞ恋しかりける
あまのとを おしあけがたの つきみれば うきひとしもぞ こいしかりける
天の戸を押し開け夜が明ける。その明け方の月を見ればつれない人にさえ返って恋しく思います。
1261 ほの見えし月を恋しと帰るさの雲路の波に濡れて来しかな
ほのみえし つきをこいしと かえるさの くもじのなみに ぬれてこしかな
ほのかに見えたあなたを恋しいと思いながら帰る途中は、空の雲の波のように涙に濡れて帰ってきましたよ。
1262 入る方はさやかなりける月影を上の空にも待ちし宵かな
いるかたワ さやかなりける つきかげを うわのそらにも まちしよいかな
入る方向は分かっているのに、あなたが訪れる人を知っているのに、心落ち着かず虚しいにもかかわらず月の出を待っていた宵でした。
1263 さしてゆく山の端もみなかき曇り心の空に消えし月影
さしてゆく やまのはもみな かきくもり こころのそらに きえしつきかげ
月が目指していく山の端、あなたの処は一面かき曇り、ご機嫌が悪いようなので、行こうと思う心もそぞろになった私です。
1264 今はとて別れしほどの月をだに涙にくれてながめやはせし
いまワとて わかれしほどの つきをだに なみだにくれて ながめやワせし
「もう帰る時間だ」と言って、あなたと別れたその時の月でさえ涙があふれて、眺めることは出来ませんでした。
1265 面影の忘れぬ人によそへつつ入るをぞ慕ふ秋の夜の月
おもかげの わすれぬひとに よそえつつ いるをぞしたう あきのよのつき
面影を忘れられないあの人になぞらえながら入っていくのを慕う秋の夜の月です。
1266 憂き人の月は何ぞのゆかりぞと思ひながらもうちながめつつ
うきひとの つきワなにぞの ゆかりぞと おもいながらも うちながめつつ
つれない人とあの月とどんなゆかりがあるのかと思いながらもついじっと眺めてしまってます。
1267 月のみや上の空なる形見にて思ひも出でば心通はむ
つきのみや うわのそらなる かたみにて おもいもいでば こころかよわん
空にある月だけが気もそぞろな形見なので、あなたがそれを見て思い出してくれたらお互いに心は通ふでしょう。
1268 くまもなき折しも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな
くまもなき おりしもひとを おもいいでて こころとつきを やつしつるかな
曇りなく月が照っている折りしときに、あの人を涙しながら思い出して心と月をみすぼらしくしてしまった。
1269 物思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなるあはれそむらむ
ものおもいて ながむるころの つきのいろに いかばかりなる あわれそむらん
物思ひしながら眺めるこの頃の月の色に、どんなに哀れさが染まっているのだろう。
1270 曇れかしながむるからにかなしきは月に覚ゆる人の面影
くもれかし ながむるからに かなしきワ つきにおぼゆる ひとのおもかげ
曇って下さい。眺めていると悲しくなるのは、月のせいで思い出されるあの人の面影なので。
1271 忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり
わすらるる みをしるそでの むらさめに つれなくやまの つきワいでけり
忘れられる私を分かっている袖に思い出しては流れる涙なのに、素知らぬように山の端から月が出てきました。
1272 巡り逢はむ限りはいつと知らねども月な隔てそよその浮雲
めぐりあわん かぎりはいつと しらねども つきなへだてそ よそのうきぐも
またお逢いできるのがいつかは分かりませんが、月を隔てないでね、関りのない浮雲よ。
1273 わが涙もとめて袖に宿れ月さりとて人の影は見ねども
わがなみだ もとめてそでに やどれつき さりとてひとの かげワみえねども
私の涙を探して袖に宿ってくださいお月さま。そうなってもあの人の姿が見えるわけではないけれど。
1274 恋ひわぶる涙や空に曇るらむ光も変る閨の月影
こいわぶる なみだやそらに くもるらん ひかりもかわる ねやのつきかげ
思い慕って寂しく暮らす涙のために空が曇っているのだろうか。閨に差しいる月の光も変わって見えます。
1275 いくめぐり空ゆく月も隔てきぬ契りし中はよその浮雲
いくめぐり そらゆくつきも へだてきぬ ちぎりしなかワ よそのうきぐも 
今までなんども空を巡って行く月を隔てたでしょう。そしてまた親しい間柄のあの人をも疎遠にしてしまう浮雲よ。
1276 今来むと契りしことは夢ながら見し夜に似たる有明の月
いまこんと ちぎりしことワ ゆめながら みしよににたる ありあけのつき
「すぐにあなたに会いに行きますよ」と言ってくれたことは、夢のようにかなわなかったけれど、あなたに逢った夢のような夜に見た月と同じような有明の月を見ています。
1277 忘れじといひしばかりのなごりとてその夜の月はめぐり来にけり
わすれじと いいしばかりの なごりとて そのよのつきワ めぐりきにけり
「あなたのことは忘れませんよ」と言っただけになってしまったその言葉が忘れられなくて、逢ったその夜の月がまた巡ってきました。
1278 思ひ出でてよなよな月に尋ねずは待てど契りし中や絶えなむ
おもいいでて よなよなつきに たずねずワ まてどちぎりし なかやたえなん 
あの人のことを思い出して夜ごとに月に尋ねなかったら、「待っていてね」と約束した私たちのことが絶えてしまうのでしょうか。
1279 忘るなよ今は心の変るとも馴れしその夜の有明の月
わするなよ いまワこころの かわるとも なれしそのよの ありあけのつき
忘れないでくださいね。今はもう心変わりしていても、私たちが一緒に過ごした夜に出ていた有明の月を。
1280 そのままに松のあらしも変わらぬを忘れやしぬる更けし夜の月
そのままに まつのあらしも かわらぬを わすれやしぬる ふけしよのつき
あの時以来ずっと待っている私に聞こえてくる松風の音も変わらないのに、忘れてしまわれたのでしょうか。すっかり更けてしまった夜にでた月。
1281 人ぞ憂き頼めぬ月はめぐり来て昔忘れぬ蓬生の宿
ひとぞうき たのめぬつきワ めぐりきて むかしわすれぬ よもぎゅうのやど
あの人のことを思うと苦しい。巡ってくると頼んだわけではないけれど、巡ってきた月は、昔に逢ったあの人が忘れられずに蓬が生い茂った家の庭を照らしてます。
1282 わくらばに待ちつる宵も更けにけりさやは契りし山の端の月
わくらばに まちつるよいも ふけにけり さやワちぎりし やまのはのつき
あの人が思いかけずに来ると約束したので待っている宵もすっかり更けてしまった。山の端に有明の月が出ているがそんな時刻まで待っていると約束しただろうか。
1283 来ぬ人を待つとはなくて待つ宵の更けゆく空の月も恨めし
こぬひとを まつとワなくて まつよいの ふけゆくそらの つきもうらめし
やって来ない人を待っているわけではないが、やはり待つ宵の更けていく空に出た月もうらめしいことだ。
1284 松山と契りし人はつれなくて袖越す波に残る月影
まつやまと ちぎりしひとワ つれなくて そでこすなみに のこるつきかげ 
末の松山波越さずと言われるように決して心変わりはしないと言った人が音沙汰もなく、涙が波のように私の袖を越して、そこにあの夜と同じ月の光が宿っています。
1285 ならひこしたが偽りもまだ知らで待つとせしまの庭の蓬生
ならいこし たがいつわりも まだしらで まつとせしまの にわのよもぎゅう
当たり前になってきた誰もが言う偽りも私はまだ知らなくて、あの人を待っている間に庭に蓬などが生い茂り荒れてしまった。
1286 跡絶えて浅茅が末になりにけり頼めし宿の庭の白露
あとたえて あさじがすえに なりにけり たのめしやどの にわのしらつゆ
人が通った跡も絶えて、浅茅の生い茂る野末になってしまった。あの人が訪れると約束した私の庭には涙のごとく白露が置いている。
1287 来ぬ人を思ひたえたる庭の面の蓬が末ぞ松にまされる
こぬひとを おもいたえたる にわのおもの よもぎかすえぞ まつにまされる
1288 尋ねても袖に掛くべき方ぞなき深き蓬の露のかことを
たずねても そでにかくべき かたぞなき ふかきよもぎの つゆのかことを
1289 形見とてほの踏み分けし跡もなし来しとは昔の庭の荻原
かたみとて ほのふみわけし あともなし こしとはむかしの にわのおぎはら
1290 なごりをば庭の浅茅に留めおきて誰ゆゑ君が住みうかれけむ
なごりをば にわのあさじに とどめおきて たれゆえきみが すみうかれけん
1291 忘れずは馴れし袖もやこほるらむ寝ぬ夜の床の霜のさむしろ
わすれずば なれにしそでもや こおるらん ねぬよのとこの しものさむしろ
1292 風吹かば峰に別れむ雲をだにありしなごりの形見とも見よ
かぜふかば みねにわかれん くもをだに ありしなごりの かたみともみよ
1293 いはざりき今来むまでの空の雲月日へだてて物思へとは
いわざりき いまこんまでの そらのくも つきひへだてて ものおもえとわ
1294 思い出でよたがかねことの末ならむきのふの雲のあとの山風
おもいいでよ たがかねことの すえならん きのうのくもの あとのやまかぜ
1295 忘れゆく人ゆゑ空をながむればたえだえにこそ雲も見えけれ
わすれゆく ひとゆえそらを ながむれば たえだえにこそ くももみえけれ
1296 忘れなば生けらむものかと思ひしにそれもかなはぬこの世なりけり
わすれなば いけらんものかと おもいしに それもかなわぬ このよなりけり
1297 うとくなる人を何とて恨むらむ知られず知らぬ折もありしに
うとくなる ひとをなにとて にくむらん しられずしらぬ おりもありしに
1298 今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れむとてのなさけなりけり
いまぞしる おもいいでよと ちぎりしは わすれんとての なさけなりけり
1299 逢ひ見しは昔語りのうつつにてそのかねことを夢になせやと
あいみしワ むかしがたりの うつつにて そのかねことを ゆめになせやと
1300 あはれなる心の闇のゆかりとも見し夜の夢を誰か定めむ
あわれなる こころのやみの ゆかりとも みしよのゆめを だれかさだめん
1301 契りきや飽かぬ別れに露おきし暁ばかり形見なれとは
ちぎりきや あかぬわかれに つゆおきし あかつきばかり かたみなれとわ
1302 恨みわび待たじ今はの身なれども思ひなれにし夕暮れの空
うらみわび またじいまわの みなれども おもいなれにし ゆうぐれのそら
1303 忘れじの言の葉いかになりにけむ頼めし暮れは秋風ぞ吹く
わすれじの ことのはいかに なりにけん たのめしくれワ あきかぜぞふく
1304 思ひかねうち寝る宵もありなまし吹きだにすさべ庭の松風
おもいかね うちぬるよいも ありなまし ふきだにすさべ にわのまつかぜ
1305 さらでだに恨みむと思ふわぎもこが衣の裾に秋風ぞ吹く
さらでだに うらみんとおもう わぎもごが ころものすそに あきかぜぞふく
1306 心にはいつも空きなる寝覚めかな身にしむ風の幾夜ともなく
こころにワ いつもあきなる ねざめかな みにしむかぜの いくよともなく
1307 あはれとて問ふ人のなどなかるらむ物思ふ宿の荻の上風
あわれとて とうひとのなど なかるらん ものおもうやどの おぎのうわかぜ
1308 わが恋は今を限りとゆふまぐれ荻吹く風のおとづれてゆく
わがこいワ いまをかぎりと ゆうまぐれ おぎふくかぜの おとずれてゆく
1309 今はただ心のほかに聞くものを知らずがほなる荻の上風
いまワただ こころのほかに きくものを しらずがおなる おぎのうわかぜ
1310 いつも聞くものとや人の思ふらむ来ぬ夕暮れの秋風の声
いつもきく ものとやひとの おもうらん こぬゆうぐれの あきかぜのこえ
1311 心あらば吹かずもあらなむ宵々に人待つ宿の庭の松風
こころあらば ふかずもあらなん よいよいに ひとまつやどの にわのまつかぜ
1312 里は荒れぬ空しき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く
さとワあれぬ むなしきゆかの あたりまで みワならわしの あきかぜぞふく
1313 里は荒れぬ尾上の宮のおのづから待ちこし宵も昔なりけり
さとワあれぬ おのえのみやの おのずから まちこしよいも むかしなりけり
1314 物思はでただおほかたの露にだに濡るれば濡るる秋の袂を
ものおもわで ただおおかたの つゆにだに ぬるればぬるる あきのたもとを
1315 草枕結び定めむ方知らずならはぬ野辺の夢の通ひ路
くさまくら むすびさだめん かたしらず ならわぬのべの ゆめのかよいじ
1316 さてもなほ問はれぬ秋のゆふは山雲吹く風も峰に見ゆらむ
さてもなお とわれぬあきの ゆふはやま くもふくかぜも みねにみゆらん
1317 思ひ入る深き心のたよりまで見しはそれともなき山路かな
おもいいる ふかきこころの たよりまで みしワそれとも なきやまじかな
1318 ながめてもあはれと思へおほかたの空だにかなし秋の夕暮れ
ながめても あわれとおもえ おおかたの そらだにかなし あきのゆうぐれ
1319 言の葉のうつりし秋も過ぎぬればわが身しぐれとふる涙かな
ことのはの うつりしあきも すぎぬれば わがみしぐれと ふるなみだかな
1320 消えわびぬうつろふ人の秋の色に実をこがらしの杜の白露
きえわびぬ うつろうひとの あきのいろに みをこがらしの もりのしらつゆ
1321 来ぬ人を秋のけしきや更けぬらむ恨みによわる松虫の声
こぬひとを あきのけしきや ふけぬらん うらみによわる まつむしのこえ
1322 わが恋は庭のむら葉木うら枯れて人をも身をも秋の夕暮れ
わがこいワ にわのむらはぎ うらかれて ひとをもみをも あきのゆうぐれ
1323 袖の露もあらぬ色にぞ消えかへるうつれば変る歎きせしまに
そでのつゆも あらぬいろにぞ きえかえる うつればかわる なげきせしまに
1324 むせぶとも知らじな心瓦屋にわれのみ消たぬ下けぶりは
むせぶとも しらじなこころ かわらやに われのみけたぬ したのけぶりワ
1325 知られじなおなじ袖には通ふともたが夕暮れと頼む秋風
しられじな おなじそでにワ かようとも たがゆうぐれと たのむあきかぜ
1326 露払う寝覚めは秋の昔にて見はてぬ夢に残る面影
つゆはらう ねざめワあきの むかしにて みはてぬゆめに のこるおもかげ 
1327 心こそ行方も知らね三輪の山杉の梢の夕暮れの空
こころこそ ゆくえもしらぬ みわのやま すぎのこずえの ゆうぐれのそら 
1328 さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて
さりともと まちしつきひぞ うつりゆく こころのはなの いろにまかせて
1329 生きてよもあすまで人もつらからじこの夕暮れを問はば問へかえし
いきてよも あすまでひとも つらからじ このゆうぐれを とわばとえかえし
1330 暁の涙や空にたぐふらむ袖に落ちくる鐘の音かな
あかつきの なみだやそらに たぐうらん そでにおちくる かねのおとかな
1331 つくづくと思ひ証しの浦千鳥なみの枕に泣く泣くぞ聞く
つくづくと おもいあかしの うらちどり なみのまくらに なくなくぞきく
1332 尋ね見るつらき心の奥の海よ潮干の潟のいふかひもなし
たずねみる つらきこころの おくのうみよ しおひのかたの いうかいもなし
1333 見し人の面影とめよ清見潟袖にせきもる波の通ひ路
みしひとの おもかげとめよ きよみがた そでにせきもる なみのかよいじ
1334 ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに
ふりにけり しぐれワそでに あきかけて いいしばかりを まつとせしまに
1335 通ひこし宿の道芝かれがれに跡なき霜のむすぼほれつつ
かよいこし やどのみちしば かれがれに あとなきしもの むすぼほれつつ



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