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秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影寒し蓬生の月 後鳥羽院 (巻第五 秋歌下517番)      2013/12/11−2014/3/2

 
和歌番号 和歌
0437 下もみぢかつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ
したもみじ かつちるやまの ゆうしぐれ ぬれてやひとり しかのなくらん
紅葉の下葉も散る頃となり、夕暮時に山では時雨が降ってます。その時雨に濡れてでも一人牡鹿は妻を求めて鳴いてるのかな。
0438 山おろしに鹿の音高く聞ゆなり尾上の月にさ夜ふけぬる
やまおろしに しかのねたかく きこゆなり おのえのつきに さよふけぬる
山から吹く風の音が強くなるにつれて鹿の鳴く音も高く聞こえてくることですよ。山の上に月が出たように夜も更けてしまった。
0439 野分せし小野の草臥し荒れはててみ山に深きさを鹿の声
のわきせし おののくさぶし あれはてて みやまにふかき さおじかのこえ 
台風のような嵐があった野の鹿が臥す所が荒れ果ててしまい、山深き所で鹿の鳴く音が聞こえます。
0440 あらし吹く真葛が原に鳴く鹿は恨みてのみや妻を恋ふらむ
あらしふく まくずがはらに なくしかワ うらみてのみや つまをこうらん
嵐が吹く真葛が生えた野原で鳴く鹿は、風に吹き返らせているその葉裏を見ては、しきりに恨めしく思いながら妻を恋ているのかな。
0441 妻恋ふる鹿のたちどを尋ぬればさ山が裾に秋風ぞ吹く
つまこうる しかのたちどを たずぬれば さやまがすそに あきかぜぞふく
妻を恋して鳴く鹿の立っている所へ行ってみると、山のふもとに秋風が吹いているだけでした。
0442 み山べの松の梢を渡るなりあらしに宿すさを鹿の声
みやまべの まつのこずえを わたるなり あらしにやどす さおじかのこえ
深山の松の梢を渡って行くのですね。嵐の風に乗っている牡鹿の声は。
0443 われならぬ人もあはれやまさるらむ鹿鳴く山の秋の夕暮れ
われならぬ ひともあわれや まさるらん しかなくやまの あきのゆうぐれ
私以外の人々もしみじみとした情感が増すのでしょうか。鹿が鳴く山の秋の夕暮れ時は。
0444 たぐへくる松のあらしやたゆむらむ尾上に帰るさを鹿の声
たぐえくる まつのあらしや たゆむらん おのえにかえる さおじかのこえ
伴ってやって来た松風の嵐は弱くなったのでしょうか。山の峰に戻っていく牡鹿の鳴く声が遠くかすかになっていきます。
0445 鳴く鹿の声に目ざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思ひを
なくしかの こえにめざめて しのぶかな みはてぬゆめの あきのおもいを
鹿の鳴き声に目が覚めて、見終わらなかった秋特有の愁いの思いの夢をなつかしむよ。
0446 夜もすがら妻どふ鹿の鳴くなへに小萩が原の露ぞこぼるる
よもすがら つまどうしかの なくなえに こはぎがはらの つゆぞこぼるる
一晩中妻を求めて鹿が鳴くのに合わせて小萩が茂る野原の露もこぼれ落ちます。
0447 寝ざめして久しくなりぬ秋の夜は明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる
ねざめして ひさしくなりぬ あきのよワ あけやしぬらん しかぞなくなる
夜中に目が覚めてからずいぶん時間がたってしまった。長い秋の夜は明けてしまったのでしょうか、鹿の鳴く声が聞こえます。
0448 小山田の庵近く鳴く鹿の音におどろかされておどろかすかな
おやまだの いおちかくなく しかのねに おどろかされて おどろかすかな
山田にある庵の近くで鳴く鹿の声に起こされたので、田を荒らす鹿を引板を鳴らして驚かしてやるかな。
0449 山里の稲葉の風に寝ざめして夜深く鹿の声を聞くかな
やまざとの いなばのかぜに ねざめして よぶかくしかの こえをきくかな
山里の稲葉に吹く風の音に目を覚まされて、夜更けに鹿の鳴く声を聞いてます。
0450 ひとり寝やいとどさびしきさを鹿の朝臥す小野の葛の裏風
ひとりねや いとどさびしき さおじかの あさふすおのの くずのうらかぜ
一人寝はたいそう寂しいのでしょうか、牡鹿が朝寝ている野原の葛の葉の裏を翻して恨みがましく風が吹いてます。
0451 立田山梢まばらになるままに深くも鹿のそよぐなるかな
たつたやま こずえまばらに なるままに ふかくもしかの そよぐなるかな
立田山の木々の梢も疎らになっていくにつれて、奥山深く入る鹿が落ち葉をサクサクと音を立てて踏んでいるようです。
0452 過ぎてゆく秋の形見にさを鹿のおのが鳴く音もをしくやあるらむ
すぎてゆく あきのかたみに さおじかの おのがなくねも おしくやあるらん
過ぎていく秋の思い出になるものとして、牡鹿は自分が鳴く声も惜しいかもしれませんが、もう聞こえません。
0453 わきてなぞ庵守る袖のしをるらむ稲葉にかぎる秋の風かは
わきてなぞ いおもるそでの しおるらん いなばにかぎる あきのかぜかわ
とりわけどうして田の庵を守る私の袖だけが濡れてぐっしょりとなるのでしょう。稲葉に限って吹く秋風ではないでしょうに。
0454 秋田守る仮庵作りわがをれば衣手寒し露ぞ置きける
あきたもる かりおつくり わがおれば ころもでさむし つゆぞおきける
秋の田を守る為の仮庵を作って其処にいると袖が冷たいです。露が降りたのです。
0455 秋来れば朝けの風の手を寒み山田の引板をまかせてぞ聞く
あきくれば あさけのかぜの てをさむみ やまだのひたを まかせてぞきく
秋が来ると夜明けの風が手に冷たいので、山田の鳴子を風に任せて、自分では鳴らさずその音を聞くだけです。
0456 ほととぎす鳴くさみだれに植ゑし田を雁がね寒み秋ぞ暮れぬる
ほととぎす なくさみだれに うえしたを かりがねさむみ あきぞくれぬる
ほととぎすが鳴く五月雨の頃に植えた田を刈り、雁の鳴く声が寒く聞こえてきて秋は暮れてしまった。
0457 今よりは秋風寒くなりぬべしいかでかひとり長き夜を寝む
いまよりワ あきかぜさむく なりぬべし いかでかひとり ながきよをねん
これからは、秋風も寒くなっていくでしょう。どのようにして一人で長い夜を寝たらいいのでしょう。
0458 秋されば雁の羽風に露降りて寒き夜な夜なしぐれさへ降る
あきされば かりのはかぜに つゆおりて さむきよなよな しぐれさえふる
秋になると、雁の羽風によって露が降りて、寒い夜毎にしぐれさえも降ります。
0459 さを鹿の妻どふ山の岡辺なる早生田は刈らじ露は置くとも
さおじかの つまどうやまの おかべなる わさだワからじ つゆワおくとも
牡鹿が妻を求めて出て来る山の丘のあたりの早生の稲は刈らないでおきましょう。たとえ露が降りたとしても。
0460 刈りて干す山田の稲は袖ひちて植ゑし早苗と見ずもあるかな
かりてほす やまだのいなワ そでひちて うえしさなえと みずもあるかな
刈って干す山田の稲は、袖を濡らして植えたあの早苗とはとても見えません。
0461 草葉には玉と見えつつわび人の袖の涙の秋の白露   管贈太政大臣(菅原道真)詠
くさばにワ たまとみえつつ わびびとの そでのなみだの あきのしらつゆ
草の葉の上では玉と見えているけど、寂しく暮らしている人の袖の上では、涙として置く秋の白露。
0462 わが宿の尾花が末に白露の置きし日よりぞ秋風も吹く
わがやどの おばながすえに しらつゆの おきしひよりぞ あきかぜもふく
私の家の庭のススキの花の先に白露が置いた日から秋風も吹き始めました。
0463 秋といへば契りおきてや結ぶらむ浅茅が原の今朝の白露
あきといえば ちぎりおきてや むすぶらん あさじがはらの けさのしらつゆ
秋になったと言えば、約束しておいたように、形を作り置くのでしょうか。浅茅が生えている原の今朝の白露は。
0464 秋されば置く白露にわが宿の浅茅が上葉色づきにけり
あきされば おくしらつゆに わがやどの あさじがうわば いろづきにけり
秋になると置く白露のために我が家の庭の浅茅の上葉が色づき始めました。
0465 おぼつかな野にも山にも白露の何事をかは思ひおくらむ
おぼつかな のにもやまにも しらつゆの なにごとおかワ おもいおくらん
はっきり分からないなあ、野にも山にも、白露は、どんなことを思って置くのでしょう。
0466 露しげみ野辺を分けつつ唐衣濡れてぞ帰る花のしづくに
つゆしげみ のべをわけつつ からごろも ぬれてぞかえる はなのしずくに
露がとってもたくさん置いてるので、野をかき分けながら行くと、衣は濡れて花の雫のようにかわりますよ。
0467 庭の面に茂るよもぎにことよせて心のままに置ける露かな
にわのもに しげるよもぎに ことよせて こころのままに おけるつゆかな
庭に生い茂る蓬を口実にして、思いのままに置いている露です。
0468 秋の野の草葉おしなみ置く露に濡れてや人の尋ねゆくらむ
あきののの くさばおしなみ おくつゆに ぬれてやひとの たずねゆくらん
秋の野の草葉をその重さで押したわませる露が置いてる中を、濡れながら人を訪ねて行くのでしょうか。
0469 物思ふ袖より露やならひけむ秋風吹けば堪へぬものとは
ものおもう そでよりつゆや ならいけん あきかぜふけば たえぬものとわ
様々な思いをする私の袖から露は学んだんでしょうか。秋風が吹けば、飽きて耐え切れずこぼれ落ちることを。
0470 露は袖に物思ふ頃はさぞな置くかならず秋のならひならねど
つゆはそでに ものおもうころワ さぞなおく かならずあきの ならいならねど
様々な思いをする頃に、露は袖にいかにも置くのですね。必ず秋に置くというものではないけれど、物思いすることの多い秋に特にね。
0471 野原より露のゆかりを尋ね来てわが衣手に秋風ぞ吹く
のはらより つゆのゆかりを たずねきて わがころもでに あきかぜぞふく
野原より露と袖の涙の露と言うほんのわずかな縁を頼りに捜し求めて来て私の袖に秋風が吹いています。
0472 きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか声の遠ざかりゆく
きりぎりす よさむにあきのなるままに よわるかこえの とおざかりゆく 
こおろぎは、秋になって夜の寒さが強く感じられるにつれて弱っていくのかな、声がだんだんと遠ざかっていきます。
0473 虫の音も長き夜あかぬ古里になほ思ひ添ふ松風ぞ吹く
むしのねも ながきよあかぬ ふるさとに なおおもいそう まつかぜぞふく
鈴虫の声も長い秋の夜に飽きもぜず鳴き続けてる古里に、さらに物思いを増させる松風が吹いてます。
0474 跡もなき庭の浅茅に結ぼほれ露の底なる松虫の声
あともなき にわのあさじに むすぼほれ つゆのそこなる まつむしのこえ
人の通った跡もなく生い茂る庭の浅茅に絡まれ、その浅茅に置いた露の底から聞こえる、人を待つような心が晴れない鈴虫の声よ。
0475 秋風は身にしむばかり吹きにけり今やうつらむ妹は狭衣
あきかぜワ みにしむばかり ふきにけり いまやうつらん いもワさごろも
秋風は身にしむばかりに吹きました。今頃、妻は衣を打っているのでしょうか。
0476 衣打つ音は枕に菅原や伏見の夢を幾夜のこしつ
ころもうつ おとワまくらに すがわらや ふしみのゆめを いくよのこしつ
衣を打つ音が枕元に聞こえてくる菅原の伏見の里で、臥して見る夢を幾晩見残して目覚めさせられたことか。
0477 衣打つね山の庵のしばしばも知らぬ夢路に結ぶ手枕
ころもうつ ねやまのいおの しばしばも しらぬゆめじに むすぶたまくら
衣を打つ音が聞こえてくる一夜を過ごす山の庵に焚く柴、しばしば組み替えながら枕代わりの腕の中で、また新しい夢路が生じます。 
0478 里は荒れて月やあらぬと恨みてもたれ浅茅生に衣打つらむ
さとワあれて つきやあらぬと うらみても たれあさじゅうに ころもうつらん
里は荒れて、月は昔のままではないのかと、自分の境遇の変化を嘆きながら、誰が浅茅生の生い茂る家で衣を打っているのでしょう。
0479 まどろまでながめよとてのすさびかな麻の狭衣月に打つ声
まどろまで ながめよとての すさびかな あさのさごろも つきにうつこえ
うとうと寝ないで眺めなさいと言う、出来る限りの範囲内の事なのかな。麻の衣を月の明かりの下で打つ音が聞こえます。
0480 秋とだに忘れむと思う月影をさもあやにくに打つ衣かな
あきとだに わすれんとおもう つきかげを さもあやにくに うつころもかな
秋であるということだけでも忘れようと願うくらい過去を思い起こす月の光なのに、本当に間が悪く衣を打つ音が聞こえてきます。
0481 古里に衣打つとはゆく雁や旅の空にも鳴きて告ぐらむ
ふるさとに ころもうつとワ ゆくかりや たびのそらにも なきてつぐらん
古里で衣を打っていることを、飛んでいく雁は、旅先の夫の空でも鳴いて告げてくれるでしょうか。
0482 雁鳴きて吹く風寒み唐衣君まちがてに打たぬ夜ぞなき
かりなきて ふくかぜさむみ からごろも きみまちがてに うたぬよぞなき
雁が鳴き、吹く風も寒いので、あなたを待ちかねて衣を打たない夜はありません。
0483 み吉野の山の秋風さ夜ふけて古里寒く衣打つなり
みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり
吉野の山に秋風が吹きおろし、夜が更けて、離宮のあった里は、寒々としていて衣を打つ音が聞こえてきます。、
0484 千度打つきぬたの音に夢さめて物思ふ袖の露ぞ砕くる
ちたびうつ きぬたのおとに ゆめさめて ものおもうそでの つゆぞくだくる
何度も打つ砧の音に夢から覚めて、悲しみに沈む私の袖に涙の露がこなごなに散ります。
0485 ふけにけり山の端近く月さえて十市の里に衣打つ声
ふけにけり やまのはちかく つきさえて とおちのさとに ころもうつこえ
夜は更けてしまった。西の山の端近くに月は澄んで冷え冷えと輝き、遠くの十市の里で衣を打つ音が聞こえます。
0486 秋はつるさ夜ふけがたの月見れば袖も残らず露ぞ置きける
あきはつる さよふけがたの つきみれば そでものこらず つゆぞおきける
晩秋の夜更けの頃の月を見れば、私の袖も草木と同様に隙間もなく露が置いています。
0487 ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜置きまよふ床の月影
ひとりねる やまどりのおの しだりおに しもおきまよう とこのつきかげ
一人で寝る山鳥の長く垂れ下がった尾に置いた霜、その霜と見間違えてしまう寝床にさす月の光。
0488 ひとめ見し野辺のけしきはうら枯れて露のよすがに宿る月かな
ひとめみし のべのけしきワ うらがれて つゆのよすがに やどるつきかな
人の訪れもあった頃の野辺の景色は晩秋となり草木のこずえが枯れてしまい、わずかな露を頼りに宿る月です。
0489 秋の夜は衣さむしろ重ねても月の光にしくものぞなき
あきのよワ ころもさむしろ かさねても つきのひかりに しくものぞなき
秋の夜は寒いから、衣を敷物に重ねて敷いて寝るけども、月の光に及くものはありません。
0490 秋の夜ははや長月になりにけりことわりなりや寝ざめせらるる
あきのよワ はやながつきに なりにけり ことわりなりや ねざめせらるる
秋の夜は、もう夜の長い9月になってしまいました。もっともなことですね、夜中に目が覚めてしまうのは。
0491 村雨の露もまだひぬ真木の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮れ
むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆうぐれ
ひとしきりの雨が降った後のまだ露も残っている真木の葉のあたりに白々と霧が立ち上る秋の夕暮れ。
0492 さびしさはみ山の秋の朝ぐもり霧にしをるる真木の下露
さびしさワ みやまのあきの あさぐもり 霧にしおるる まきのしたつゆ
さびしさというのは、深山の季節は秋、時刻は朝の曇り空、霧に濡れて真木の下陰にしたたり落ちる露、そういう様の事です。
0493 あけぼのや川瀬の波の高瀬舟くだすか人の袖の秋霧
あけぼのや かわせのなみの たかせぶね くだすかひとの そでのあきぎり
夜がほのぼのと明けてくる。川の浅瀬に立つ波高く、高瀬舟を下してゆくのか、船頭の袖が秋霧の絶え間から切れ切れに見えます。
0494 麓をば宇治の川霧立ちこめて雲居に見ゆる朝日山かな
ふもとをば うじのかわぎり たちこめて くもいにみゆる あさひやまかな
麓が宇治川の霧が立ち込めて見えないので、空に見える朝日のように朝日山の頂が見えます。
0495 山里に霧のまがきの隔てずは遠方人の袖も見てまし
やまざとに きりのまがきの へだてずワ おちかたびとの そでもみてまし
山里に籬のように霧が立って仕切らなければ、遠くを行く人の袖も見えたんでしょうが。
0496 鳴く雁の音をのみぞ聞く小倉山霧たち晴るる時しなければ
なくかりの ねをのみぞきく おぐらやま きりたちはるる ときしなければ
雁の姿が見えず鳴く声だけ聞こえてきます。小倉山はその名前のようにお暗く霧が立ち込めて晴れる時がないのでね。
0497 垣ほなる萩の葉そよぎ秋風の吹くなるなへに雁ぞ鳴くなる
かきおなる はぎのはそよぎ あきかぜの ふくなるなえに かりぞなくなる
垣の所に生えている萩の葉がそよぎ、秋風が吹く音とともに雁の鳴き声も聞こえます。
0498 秋風に山飛びこゆる雁がねのいや遠ざかり雲隠れつつ
あきかぜに やまとびこゆる かりがねの いやとおざかり くもがくれつつ
秋風に乗って山を飛び越えていく雁が、ますます遠ざかって雲の間に隠れていきます。
0499 初雁の羽風涼しくなるなへに誰か旅寝の衣返さぬ
はつかりの はかぜすずしく なるなえに たれかたびねの ころもかえさぬ
初雁の羽風が涼しくなるとともに、旅先で寝床に着く時に誰が故郷の人を夢に見ないかと衣を裏返して着ないだろうか。着るよね。
0500 雁がねは風にきほひて過ぐれどもわが待つ人の言伝てもなし
かりがねワ かぜにきおいて すぐれども わがまつひとの ことづてもなし
雁は風と先を競って過ぎて行ってしまうけど、私が待つ人からの言伝もありません。
0501 横雲の風に分かるるしののめに山飛びこゆる初雁の声
よこぐもの かぜにわかるる しののめに やまとびこゆる はつがりのこえ
横雲が風によって山から離れていく東の空が白み始める早朝に、その山を飛び越える初雁の声が聞こえます。
0502 白雲をつばさに掛けてゆく雁の門田の面の友したふなる
しらくもを つばさにかけて ゆくかりの かどたのおもの ともしたうなる
白雲を翼に触れ合わせて飛んでいく雁が、家の近くにある田の上に残っている友の雁を慕って鳴いている声が聞こえます。
0503 大江山かたぶく月の影さえて鳥羽田の面に落つる雁がね
おおえやま かたぶくつきの かげさえて とばたのおもに おつるかりがね 
大江山の方へ沈みかけた月の光は冴えて、鳥羽の田の上に降りてゆく雁が見えて、その声が聞こえます、
0504 村雲や雁の羽風に晴れぬらむ声聞く空に澄める月影
むらくもや かりのはかぜに はれぬらん こえきくそらに すめるつきかげ
一群れの雲は、雁の羽風に吹かれて払われてしまい晴れたのでしょうか。声が聞こえてくる空を見ると月の光が澄んでます。
0505 吹きまよふ雲居を渡る初雁のつばさにならすよもの秋風
ふきまよお くもいをわたる はつかりの つばさにならす よものあきかぜ
秋の風が吹きまくって雲が流れていく空を、渡る初雁がその風を翼に受けて鳴らしてます。
0506 秋風の袖に吹き巻く峰の雲をつばさに掛けて雁も鳴くなり
あきかぜの そでにふきまく みねのくもを つばさにかけて かりもなくなり
秋風が吹きまくって袖も吹き巻き、身も辛いですが、峰を流れる雲に翼を触れ合わせて飛んでいく雁も辛くて鳴いている声が聞こえる。
0507 霜を待つまがきの菊の宵の間に置きまよふ色は山の端の月
しもをまつ まがきのきくの よいのまに おきまよういろワ やまのはのつき
霜のおくのを待つ籬の白菊に、宵の間に霜が置いたかと思わせた色は、山の端に出た月の光でした。
0508 九重にうつろひぬとも菊の花もとのまがきを思ひ忘るな
ここのえに うつろいぬとも きくのはな もとのまがきを おもいわするな
宮中に植え替えられてしまっても、菊の花よ、元あった家の籬を忘れないでね。
0509 今よりはまた咲く花もなきものをいたくな置きそ菊の上の露
いまよりワ またさくはなも なきものを いたくなおきそ きくのうえのつゆ
これから更に咲く花もないのだから、つまり今しばらく眺めていたいのだから、ひどく置かないでね、菊の上の露よ。
0510 秋風にしをるる野辺の花よりも虫の音いたくかれにけるかな
あきかぜに しおるるのべの はなよりも むしのねいたく かれにけるかな 
秋風によって萎れている野辺の花より、虫の鳴く声の方が嗄れてしまってますよ。
0511 寝覚めする袖さへ寒く秋の夜のあらし吹くなり松虫の声
ねざめする そでさえさむく あきのよの あらしふくなり まつむしのこえ
一人寝の寝ざめは、袖まで寒く、秋の夜に外では嵐が吹いてます。誰を待つのでしょうか、鈴虫がリンリンと鳴いてます。
0512 秋を経てあはれも露も深草の里とふものは鶉なりけり
あきをへて あわれもつゆも ふかくさの さととうものワ うずらなりけり
幾度も秋が過ぎ、飽きられてしまって、悲哀も露も深くなる深草の里に訪ね来るのは人ではなくて鶉でした。  伊勢物語123段
0513 入日さす麓の尾花うちなびきたが秋風に鶉鳴くらむ
いりひさず ふもとのおばな うちなびき たがあきかぜに うずらなくらん 
入日差す山のふもとのススキの花が打ちなびき、誰に飽きられたというのか秋風が吹く中、鶉がわびしく鳴いてます。
0514 あだに散る露の枕に臥しわびて鶉鳴くなりとこの山風
あだにちる つゆのまくらに ふしわびて うずらなくなり 鳥籠のやまかぜ
むなしく露のような涙が散る枕に横になって寂しく思っていると、床で鳥籠の山風と共に鶉の鳴き声が聞こえてきます。
0515 問ふ人もあらし吹きそふ秋は来て木の葉に埋む宿の道芝
とうひとも あらしふきそう あきはきて このはにうづむ やどのみちしば
もう訪ねて来る人も非じ、激しい嵐が吹きまく秋が来て、家に通じる道は木の葉で埋もれています。
0516 色変わる露をば袖に置きまよひうら枯れてゆく野辺の秋かな
いろかわる つゆをばそでに おきまよい うらかれてゆく のべのあきかな
紅涙の露を、野辺の花の露と見間違うほど袖に置き、葉末から枯れてゆく野辺の秋です。
0517 秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影寒し蓬生の月
あきふけぬ なけやしもよの きりぎりす ややかげさむし よもぎゅうのつき
秋はふけてしまいました。鳴きなさいよ、霜夜のこおろぎよ。蓬の原にさす月の光もだんだん澄んできました。
0518 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣片敷きひとりかもねむ
きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねん
こおろぎが寂しく鳴く霜が降りた夜、筵に自分の衣だけを敷いて一人で寝ることになるのかなあ。
0519 寝覚めする長月の夜の床寒み今朝吹く風に霜や置くらむ
ねざめする ながつきのよの とこさむみ けさふくかぜに しもやおくらん
夜中に目が覚めると九月の夜は床も寒いので、今朝吹く風と共に霜が降りてるかもしれません。
0520 秋深き淡路の島の有明にかたぶく月を送る浦風
あきふかき あわじのしまの ありあけに かたぶくつきを おくるうらかぜ
秋も深まり、淡路島の夜明け、西に傾く有明の月を送っていくような浦風が吹く。
0521 長月も幾有明になりぬらむ浅茅の月のいとどさびゆく
ながつきも いくありあけに なりぬらん あさじのつきの いとどさびゆく
九月も中旬を過ぎ、有明の月を見て何日が過ぎたかな。浅茅を照らす月の光もさらに寒々しく冷えた色合いになってきた。
0522 かささぎの雲のかけはし秋暮れて夜半には霜やさえわたるらむ
かささぎの くものかけはし あきくれて よわにワしもや さえわたるらん
かささぎが渡すという雲の梯にも晩秋となって、夜には、霜が一面に冷たく置いてるのでしょうか。
0523 いつのまにもみぢしらなむ山桜きのふか花の散るを惜しみし
いつのまに もみじしらなん やまざくら きのうかはなの ちるをおしみし
一体いつの間に紅葉したんでしょうか山桜は。昨日だったんではないでしょうか、花が散るのを惜しんだのは。
0524 薄霧の立ち舞ふ山のもみぢ葉はさやかならねどそれと見えけり
うすぎりの たちまうやまの もみじばワ さやかならねど それとみえけり
薄霧が立ち、動いている山の紅葉は、はっきりと目には見えないけれど、それなりに紅葉していると見えますよ。
0525 神南備の御室の梢いかならむなべての山もしぐれする頃
かんなびの みむろのこずえ いかならん なべてのやまも しぐれするころ 
神南備の御室の山の梢は紅葉したのでしょうか。普通の山も木々を紅葉させるという時雨が降る今日この頃。
0526 鈴鹿川深き木の葉に日数経て山田の原の時雨ぞを聞く
すずかがわ ふかきこのはに ひかずへて やまだのはらの しぐれぞをきく
鈴鹿川に深く積もった木の葉を見て何日も過ごしてます。遠く離れた山田の原に降った時雨の音が聞こえて来るようです。
0527 心とやもみぢはすらむ立田山松はしぐれに濡れぬものかは
こころとや もみじワすらん たつたやま まつはしぐれに ぬれぬものかわ
自ら欲して紅葉するんでしょうか立田山の紅葉は。松も時雨に濡れないことはないのに紅葉しないのだから。
0528 思ふことなくてぞ見ましもみぢ葉をあらしの山の麓ならずは
おもうこと なくてぞみまし もみじばを あらしのやまの ふもとならずワ
何にも気にやむことなく紅葉を見ることが出来るでしょう。嵐が吹き散らす嵐山の麓でなかったら。
0529 入日さす佐保の山辺の柞原くもらぬ雨と木の葉降りつつ
いりひさす さほのやまべの ははそはら くもらぬあめと このはふりつつ
夕日がさす佐保山の山辺の柞が群生する原では、曇ってないのに降っている雨のように木の葉が降っています。
0530 立田山あらしや峰によわるらむ渡らぬ水も錦絶えけり
たつたやま あらしやみねに よわるらん わたらぬ水も にしきたえけり
立田山では峰の嵐が弱ったからでしょうか。歩いて渡ってない立田川の錦のように散りばめられた水面の紅葉が途中で途切れています。
0531 柞原しづくも色や変わるらむ杜の下草秋ふけにけり
ははそはら しずくもいろや かわるらん もりのしたくさ あきふけにけり
柞の原では、柞の葉から落ちるしずくも色が変わったのでしょうか。森の木々の下草も色が変わって秋はすっかり更けてしまいました。
0532 時わかぬ波さへ色にいづみ川柞の杜にあらし吹くらし
ときわかぬ なみさえいろに いずみがわ ははそのもりに あらしふくらし 
四季の区別のない泉川の波の色にさえ紅葉した柞の葉が散って色に出たよ。柞の杜にあらしが吹いているようです。
0533 古里は散るもみぢ葉に埋もれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く
ふるさとワ ちるもみじばに うづもれて のきのしのぶに あきかぜぞふく
荒れた田舎家の庭は散る紅葉に埋もれて、昔をしのぶかのような軒端のしのぶ草に秋風が吹いてます。
0534 桐の葉も踏み分けがたくなりにけりかならず人を待つとなけれど
きりのはも ふみわけがたく なりにけり かならずひとを まつとなけれど
桐の葉も踏み分けにくいほど積もってしまってます。必ずしも人が来るのを待ってるわけじゃないけど。
0535 人は来ず風に木の葉は散りはてて夜な夜な虫は声よわるなり
ひとはこず かぜにこのはワ ちりはてて よなよなむしワ こえよわるなり
人は訪れて来ず、風で木の葉は散ってしまい、夜毎虫の鳴き声は弱っていくようです。
0536 もみぢ葉の色にまかせて常盤木も風にうつろふ秋の山かな
もみじばの いろにまかせて ときわぎも かぜにうつろふ あきのやまかな
散る紅葉の色にそのまま自由にさせて、常盤木までも風のために色が紅葉する秋の山です。
0537 露時雨もる山陰の下もみぢ濡れるとも折らむ秋の形見に
つゆしぐれ もるやまかげの したもみじ ぬれるともおらん あきのかたみに
露や時雨が漏れ滴る、守山の山蔭の下紅葉を、たとえ濡れても折りましょう、秋の思い出のものとして。
0538 松にはふまさの葉かづら散りにけり外山の秋は風すさぶらむ
まつにはう まさのはかずら ちりにけり とやまのあきワ かぜすさぶらん
松に這い、からまる柾木の葉葛が散ってしまいました。里に近い山の秋は深まり、風は激しく吹いてるのでしょう。
0539 鶉鳴く交野に立てるはじもみぢ散りぬばかりに秋風ぞ吹く
うずらなく かたのにたてる はじもみじ ちりぬばかりに あきかぜぞふく
鶉が鳴く交野に立っている櫨木の美しい紅葉が散ってしまいそうに秋風が吹いてます。
0540 散りかかるもみぢの色は深けれど渡ればにごる山川の水
ちりかかる もみじのいろワ ふかけれど わたればにごる やまがわのみず
山の中の谷川の水面に散りかかる紅葉の色は深いですけど、川は浅いので渡ると濁ってしまう山の中の川の水よ。
0541 飛鳥川もみぢ葉流る葛城の山の秋風吹きぞしくらし
あすかがわ もみじばながる かつらぎの やまのあきかぜ ふきぞしくらし
飛鳥川に紅葉が流れてます。葛城山の秋風がしきりに吹いているようです。
0542 飛鳥川瀬々に波よるくれなゐや葛城山のこがらしの風
あすかがわ せぜになみよる くれないや かつらぎやまの こがらしのかぜ
飛鳥川のあの瀬この瀬に波とともに打ち寄せる紅葉。葛城山に吹く木枯らしの風の仕業でしょうか。
0543 もみぢ葉をさこそあらしの払ふらめこの山本も雨と降るなり
もみじばを さこそあらしの はらうらめ このやまもとも あめとふるなり
嵐山では、あんなにもあらしが紅葉を振り払っていますが、この水無瀬の山の麓も雨のように降り、涙を誘います。
0544 立田姫今はの頃の秋風に時雨を急ぐ人の袖かな
たつたひめ いまワのころの あきかぜに しぐれをいそぐ ひとのそでかな
秋の女神である紅葉を司る立田姫がもう去って行こうとする頃で、秋風と一緒に時雨を急いで降らせて、人の袖を染めようとしてます。
0545 ゆく秋の形見なるべきもみぢ葉はあすは時雨と降りやまがはむ
ゆくあきの かたみなるべき もみじばワ あすワしぐれと ふりやまがわん
去って行く秋の形見となるなずの紅葉は、冬となる明日には時雨と紛うように降るのでしょうか。
0546 うちむれて散るもみぢ葉を尋ぬれば山路よりこそ秋はゆきけれ
うちむれて ちるもみじばを たずぬれば やまじよりこそ あきワゆきけれ
連れ立って散る紅葉を見に来ると、秋は山路をを通って去って行ったのですね。
0547 夏草のかりそめにとて来し宿も難波の浦に秋ぞ暮れぬる
なつくさの かりそめにとて きしやども なにわのうらに あきぞくれぬる
夏草の刈りに来たではないが、仮初めに来て住み始めたこの家も 此処難波の浦にも秋が暮れてゆきます。
0548 かくしつつ暮れぬる秋と老いぬれどしかすがになほものぞかなしき
かくしつつ くれぬるあきと おいぬれど しかずがになお ものぞかなしき
この様にしながら暮れていく秋と共に私も老いてしまったが、当然なんですけどやはり悲しいね。
0549 身に代えていざさは秋を惜しみみむさらでももろき露の命を
みにかえて いざさはあきを おしみみん さらでももろき つゆのいのちを
この身に代えて、さあそれならば、去って行く秋を惜しんでみましょう。それでなくとももろい露のような命なんですから。
0550 なべて世の惜しさにそへて惜しむかな秋よりのちの秋のかぎりを
なべてよの おしさにそえて おしむかな あきよりのちの あきのかぎりを
普通の年の名残惜しさに加えてもっと惜しみますよ。いつもの秋の次の日、閏月の秋の最後の日の今日を。
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