正面玄関百人秀歌と百ト一首最勝四天王院北斗七星信仰水無瀬離宮定家略年譜百人秀歌の歌人たち



 
 

◆ 百人秀歌と百ト一首 <二つの101首集>     (2019/11/25)

「百ト一首」って何?百人一首やそれとよく似た百人秀歌とも違う新しい歌集が発見されたのと思われる人もいるかと思います。 百人一首はご存知のように大歌人藤原定家が編んだと言われている100首の歌集です。 それは詞書も歌人名も記載されていない歌だけが書かれた色紙形のものです。


もう一つの百人秀歌は、1951年に有吉保氏によって宮内庁書陵部にて発見された歌集です。 97首まで百人一首と同じ歌が入っていますが100首ではなくて101首あります。


後鳥羽院御口伝において、後鳥羽院は、俊頼(74)のことを、源俊頼は優れた歌人である。彼は異なったスタイルでもって歌を詠んでいる。 整って優美な歌も、とくに多く見られるが、表面的なことだけではなく、思考の末に誰にもまねができないような独創的な歌もあると書いています。そしてこの独創的なスタイルが定家がかくありたいと願っているものであるとも書いています。


織田正吉氏は、著作の「絢爛たる暗号 百人一首の謎を解く」(集英社文庫)の中で百人一首と百人秀歌は同時に作られたと言及されてます。 この説に共感を覚えたと同時にその理由に疑問を持った時、私の謎解きが始まったのです。


定家がかくありたいと思ったかも知れない俊頼の歌を百人秀歌と百人一首から取り出してみましょう。俊頼の歌だけが 百人秀歌と百ト一首の二つの歌集に異なる歌が選ばれているのです。

    山桜 咲き初めしより ひさかたの 雲居に見ゆる 滝の白糸 (秀76)

    憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ 激しかれとは 祈らぬものを(74)


一般的に、百人一首は、だいたい歌人の没年順となっていると承知されてます。この2つの歌を眺めていた時、百人秀歌の101首の方を俊頼(74) になぞらえて、整った優美なスタイル、百人一首の方を独創的なスタイルのものという考え方をしたらどうかなと思っていると、 百人一首の方が没年順なら百人秀歌の方は誕生順ではないかと思うようになりました。もちろん大幅に違っているものがありますが、 それはそれで何か意味があるのかなと思っています。


百人一首の没年順に対して百人秀歌の誕生順という考え方をしてきました。後半部分になると、 そうとは言い切れない状態になり謎解明も停滞していましたが、<北斗七星信仰>のサイトにおいて、 歌番号の連鎖とその性格を照らし合わせることが出来たことにより誕生順という考え方が間違っていると認めざるを得なくなりました。(2019/11/25)


唯一両集に異なった歌が選ばれている俊頼の歌(74−秀76)を両集の懸け橋とみなし、百人一首も101首あると仮定して、 百人秀歌と対となるための歌が、誰に詠まれたものか、それは何処にあるのか探っていきます。


100首ともう1首なので「百ト一首」と名付けてみました。「ト」を斜めにすると人になりませんか。



まずは二つの101首集の一覧をご覧ください。
 ・百人秀歌のみの入選歌4首は赤色で表示してます。
 ・百ト一首のみの入選歌4首は青色です。
 ・両集で同じ位置にある歌が11首あります。その番号を黄色で表示してます。
 ・★がついてる歌は両歌集ではっきりした相違点があります。
                 
000 百人秀歌集 百ト一首集
001
天智天皇御製 (出典:後撰集)
秋の田のかりほの庵の苫を荒み
わが衣手は露にぬれつつ

天智天皇
秋の田のかりほの庵の苫を荒み
わが衣手は露にぬれつつ
002
持統天皇御製 (出典:新古今集)
春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣ほすてふ天の香具山

持統天皇
春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣ほすてふ天の香具山
003
柿本人丸 (出典:拾遺集)
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の
長々し夜をひとりかも寝む

柿本人麻呂
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の
長々し夜をひとりかも寝む
004
山邊赤人 (出典:新古今集)
田子の浦にうちいでて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ

山辺赤人
田子の浦にうちいでて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ
005
中納言家持 (出典:新古今集)
かささぎのわたせる橋におく霜の
白きを見れば夜ぞふけにける

猿丸大夫 (出典:古今集)
奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の
声きく時ぞ秋はかなしき
006
安倍仲丸 (出典:古今集)
天の原ふりさけ見れば春日なる
三笠の山に出でし月かも

中納言家持 (出典:新古今集)
かささぎのわたせる橋におく霜の
白きを見れば
夜ぞふけにける
007
参議篁 (出典:古今集)
わたの原八十島かけてこぎ出でぬと
人には告げよあまのつり舟

安倍仲麿 (出典:古今集)
天の原ふりさけ見れば春日なる
三笠の山に出でし月かも
008
猿丸大夫 (出典:古今集)
奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の
声きく時ぞ秋はかなしき

喜撰法師 (出典:古今集)
わが庵は都のたつみしかぞすむ
世をうぢ山と人はいふなり
009
中納言行平 (出典:古今集)
立ち別れいなばの山の峰に生ふる
まつとし聞かば今帰り来む

小野小町 (出典:古今集)
花の色はうつりにけりないたづらに 
わが身世にふるながめせしまに
010
在原業平朝臣 (出典:古今集)
ちはやぶる神代も聞かず竜田川
からくれなゐに水くくるとは

蝉丸 (出典:後撰集)
これやこの行くも帰るも別れては
知るも知らぬも逢坂の関
011
藤原敏行朝臣 (出典:古今集)
すみの江の岸による波よるさへや 
夢の通ひ路人目よくらむ

参議篁 (出典:古今集)
わたの原八十島かけてこぎ出でぬと
人には告げよあまのつり舟
012
陽成院御製 (出典:後撰集)
筑波嶺の峰より落つるみなの川 
恋ぞつもりて淵となりける ★

僧正遍昭 (出典:古今集)
天つ風雲の通い路吹き閉ぢよ 
をとめの姿しばしとどめむ
013
小野小町 (出典:古今集)
花の色はうつりにけりないたづらに 
わが身世にふるながめせしま

陽成院 (出典:後撰集)
筑波嶺の峰より落つるみなの川 
恋ぞつもりて淵となりぬる
014
喜撰法師 (出典:古今集)
わが庵は都のたつみしかぞすむ
世をうぢ山と人はいふなり

河原左大臣 (出典:古今集)
陸奥のしのぶもぢずりたれゆゑに 
乱れそめにしわれならなくに
015
僧正遍昭 (出典:古今集)
天つ風雲の通い路吹き閉ぢよ 
をとめの姿しばしとどめむ

光孝天皇 (出典:古今集)
君がため春の野に出でて若菜つむ 
わが衣手に雪は降りつつ
016
蝉丸 (出典:後撰集)
これやこの行くも帰るも別れつつ 
知るも知らぬも逢坂の関  ★

中納言行平 (出典:古今集)
立ち別れいなばの山の峰に生ふる
まつとし聞かば今帰り来む
017
河原左大臣 (出典:古今集)
陸奥のしのぶもぢずりたれゆゑに 
乱れむとおもふわれならなくに ★

在原業平朝臣 (出典:古今集)
ちはやぶる神代も聞かず竜田川
からくれなゐに水くくるとは
018
光孝天皇御製 (出典:古今集)
君がため春の野に出でて若菜つむ 
わが衣手に雪は降りつつ

藤原敏行朝臣 (出典:古今集)
すみの江の岸による波よるさへや 
夢の通ひ路人目よくらむ
019
伊勢 (出典:新古今集)
難波潟短き蘆のふしの間も 
逢はでこの世をすぐしてよとや

伊勢 
難波潟短き蘆のふしの間も 
逢はでこの世をすぐしてよとや
020
元良親王 (出典:後撰集、拾遺集)
わびぬれば今はたおなじ難波なる 
みをつくしても逢はむとぞ思ふ

元良親王 
わびぬれば今はたおなじ難波なる 
みをつくしても逢はむとぞ思ふ
021
源宗干朝臣 (出典:古今集)
山里は冬ぞ寂しさまさりける 
人目も草もかれぬと思へば

素性法師 (出典:古今集)
今来むといひしばかりに長月の 
有明の月を待ち出でつるかな
022
素性法師 (出典:古今集)
今来むといひしばかりに長月の 
有明の月を待ち出でつるかな

文屋康秀 (出典:古今集)
吹くからに秋の草木のしをるれば
 むべ山風をあらしといふらむ
023
菅家 (出典:古今集)
このたびは幣もとりあへず手向山 
紅葉の錦神のまにまに

大江千里 (出典:古今集)
月見ればちぢにものこそ悲しけれ 
わが身ひとつの秋にはあらねど
024
壬生忠岑 (出典:古今集)
有明のつれなく見えし別れより
 暁ばかり憂きものはなし

菅家 (出典:古今集)
このたびは幣もとりあへず手向山 
紅葉の錦神のまにまに
025
凡河内躬恒 (出典:古今集)
心あてに折らばや折らむ初霜の 
置きまどはせる白菊の花

三条右大臣 (出典:後撰集)
名にし負はば逢坂山のさねかづら 
人に知られでくるよしもがな
026
紀友則 (出典:古今集)
ひさかたの光のどけき春の日に 
しづ心なく花の散るらむ

貞心公 (出典:拾遺集)
をぐら山峰のもみぢ葉心あらば 
今ひとたびのみゆき待たなむ
027
文屋康秀 (出典:古今集)
吹くからに秋の草木のしをるれば 
むべ山風をあらしといふらむ

中納言兼輔 (出典:新古今集)
みかの原わきて流るるいづみ川 
いつ見きとてか恋しかるらむ
028
紀貫之 (出典:古今集)
人はいさ心も知らずふるさとは 
花ぞ昔の香ににほひける

源宗干朝臣 (出典:古今集)
山里は冬ぞ寂しさまさりける 
人目も草もかれぬと思へば
029
坂上是則 (出典:古今集)
朝ぼらけ有明の月と見るまでに 
吉野の里に降れる白雪

凡河内躬恒 (出典:古今集)
心あてに折らばや折らむ初霜の 
置きまどはせる白菊の花
030
大江千里 (出典:古今集)
月見ればちぢにものこそ悲しけれ 
わが身ひとつの秋にはあらねど

壬生忠岑 (出典:古今集)
有明のつれなく見えし別れより 
暁ばかり憂きものはなし
031
藤原興風 (出典:古今集)
たれをかも知る人にせむ高砂の 
松も昔の友ならなくに

坂上是則 (出典:古今集)
朝ぼらけ有明の月と見るまでに 
吉野の里に降れる白雪
032
春道列樹 (出典:古今集)
山川に風のかけたるしがらみは 
流れもあへぬ紅葉なりけり

春道列樹 
山川に風のかけたるしがらみは 
流れもあへぬ紅葉なりけり
033
清原深養父 (出典:古今集)
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 
雲のいづくに月宿るらむ  ★

紀友則 (出典:古今集)
ひさかたの光のどけき春の日に
 しづ心なく花の散るらむ
034
貞心公 (出典:拾遺集)
をぐら山峰のもみぢ葉心あらば 
今ひとたびのみゆき待たなむ

藤原興風 (出典:古今集)
たれをかも知る人にせむ高砂の
 松も昔の友ならなくに
035
三条右大臣 (出典:後撰集)
名にし負はば逢坂山のさねかづら 
人に知られでくるよしもがな

紀貫之 (出典:古今集)
人はいさ心も知らずふるさとは 
花ぞ昔の香ににほひける
036
中納言兼輔 (出典:新古今集)
みかの原わきて流るるいづみ川 
いつ見きとてか恋しかるらむ

清原深養父 (出典:古今集)
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 
雲のいづこに月宿るらむ 
037
参議等 (出典:後撰集)
浅茅生の小野の篠原しのぶれど
あまりてなどか人の恋しき

文屋朝康 (出典:後撰集)
白露に風の吹きしく秋の野は 
つらぬきとめぬ玉ぞ散りける 
038
文屋朝康 (出典:後撰集)
白露に風の吹きしく秋の野は 
つらぬきとめぬ玉ぞ散りける 

右近 (出典:拾遺集)
忘らるる身をば思はずちかひてし 
人の命の惜しくもあるかな
039
右近 (出典:拾遺集)
忘らるる身をば思はずちかひてし 
人の命の惜しくもあるかな

参議等 (出典:後撰集)
浅茅生の小野の篠原しのぶれど 
あまりてなどか人の恋しき
040
中納言敦忠 (出典:拾遺集)
逢ひ見てののちの心にくらぶれば 
昔はものも思はざりけり  ★

平兼盛 (出典:拾遺集)
しのぶれど色に出でにけりわが恋は 
ものや思ふと人の問ふまで
041
平兼盛 (出典:拾遺集)
しのぶれど色に出でにけりわが恋は 
ものや思ふと人の問ふまで

壬生忠見 (出典:拾遺集)
恋すてふわが名はまだき立ちにけり 
人知れずこそ思ひそめしか
042
壬生忠見 (出典:拾遺集)
恋すてふわが名はまだき立ちにけり 
人知れずこそ思ひそめしか

清原元輔 (出典:後拾遺集)
契りきなかたみに袖をしぼりつつ 
末の松山波越さじとは 
043
謙徳公 (出典:拾遺集)
あはれともいふべき人は思ほえで 
身のいたづらになりぬべきかな

権中納言敦忠 (出典:拾遺集)
逢ひ見てののちの心にくらぶれば 
昔はものを思はざりけり
044
中納言朝忠 (出典:拾遺集)
逢ふこと絶えてしなくはなかなかに 
人をも身をも恨みざらまし

中納言朝忠 
逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 
人をも身をも恨みざらまし
045
清原元輔 (出典:後拾遺集)
契りきなかたみに袖をしぼりつつ 
末の松山波越さじとは

謙徳公 (出典:拾遺集)
あはれともいふべき人は思ほえで 
身のいたづらになりぬべきかな
046
源重之 (出典:詞花集)
風をいたみ岩うつ波のおのれのみ 
くだけてものを思ふころかな

曽禰好忠 (出典:新古今集)
由良のとを渡る舟人かぢを絶え 
行く方も知らぬ恋の道かな
047
曽禰好忠 (出典:新古今集)
由良のとを渡る舟人かぢを絶え 
行く方も知らぬ恋の道かな

恵慶法師 (出典:拾遺集)
八重むぐら茂れる宿の寂しきに 
人こそ見えね秋は来にけり
048
大中臣能宣朝臣 (出典:詞花集)
みかきもり衛士のたく火の夜は燃え 
昼は消えつつものをこそ思へ

源重之 (出典:詞花集)
風をいたみ岩うつ波のおのれのみ 
くだけてものを思ふころかな
049
藤原義孝 (出典:後拾遺集)
君がためをしからざりし命さへ 
長くもがなと思ひぬるかな ★

大中臣能宣朝臣 (出典:詞花集)
みかきもり衛士のたく火の夜は燃え 
昼は消えつつものをこそ思へ
050
藤原実方朝臣 (出典:後拾遺集)

かくとだにえやはいぶきのさしも草 
さしも知らじな燃ゆる思ひを

藤原義孝 (出典:後拾遺集)
君がためおしからざりし命さへ 
長くもがなと思ひけるかな
051
藤原道信朝臣 (出典:後拾遺集)
明けぬれば暮るるものとは知りながら 
なを恨めしき朝ぼらけかな

藤原実方朝臣 (出典:後拾遺集)
かくとだにえやはいぶきのさしも草 
さしも知らじな燃ゆる思ひを
052
恵慶法師 (出典:拾遺集)
八重むぐら茂れる宿の寂しきに 
人こそ見えね秋は来にけり

藤原道信朝臣 (出典:後拾遺集)
明けぬれば暮るるものとは知りながら 
なを恨めしき朝ぼらけかな
053
一条院皇后宮 (出典:後拾遺集)
よもすがらちぎりしことを忘れずは 
恋ひむ涙の色ぞゆかしき

右大将道綱母 (出典:拾遺集)
嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は 
いかに久しきものとかは知る
054
三条院御製 (出典:後拾遺集)
心にもあらで憂き世にながらへば 
恋しかるべき夜半の月かな

儀同三司母 (出典:新古今集)
忘れじの行く末まではかたければ 
今日をかぎりの命ともがな
055
儀同三司母 (出典:新古今集)
忘れじの行く末まではかたければ 
今日をかぎりの命ともがな

大納言公任 (出典:拾遺集、千載集)
滝の音は絶えて久しくなりぬれど 
名こそ流れてなほ聞こえけれ
056
右大将道綱母 (出典:拾遺集)
嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は 
いかに久しきものとかは知る

和泉式部 (出典:後拾遺集)
あらざらむこの世のほかの思ひ出に 
今ひとたびの逢ふこともがな
057
能因法師 (出典:後拾遺集)
嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 
竜田の川の錦なりけり

紫式部 (出典:新古今集)
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に 
雲隠れにし夜半の月かな
058
良暹法師 (出典:後拾遺集)
さびしさに宿を立ち出でてながむれば 
いづくも同じ秋の夕暮れ  ★

大弐三位 (出典:後拾遺集)
有馬山猪名の笹原風吹けば 
いでそよ人を忘れやはする
059
大納言公任 (出典:拾遺集、千載集)
滝の音は絶えて久しくなりぬれど 
名こそ流れてなをとまりけれ  ★

赤染衛門 (出典:後拾遺集)
やすらはで寝なましものをさ夜ふけて 
かたぶくまでの月を見しかな
060
清少納言 (出典:後拾遺集集)
夜をこめて鳥のそら音にはかるとも 
よに逢坂の関は許さじ   ★

小式部内侍 (出典:金葉集)
大江山いく野の道の遠ければ 
まだふみも見ず天の橋立
061
和泉式部 (出典:後拾遺集)

あらざらむこの世のほかの思ひ出に 
今ひとたびの逢ふこともがな

伊勢大輔 (出典:詞花集)
いにしへの奈良の都の八重桜 
けふ九重ににほひぬるかな
062
大弐三位 (出典:後拾遺集)
有馬山猪名の笹原風吹けば 
いでそよ人を忘れやはする

清少納言 (出典:後拾遺集集)
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも 
よに逢坂の関は許さじ  
063
赤染右衛門 (出典:後拾遺集)
やすらはで寝なましものをさ夜ふけて 
かたぶくまでの月を見しかな

左京大夫道雅 (出典:後拾遺集)
今はただ思ひ絶えなむとばかりを 
人づてならでいふよしもがな
064
紫式部 (出典:新古今集)
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に 
雲隠れにし夜半の月かな

権中納言定頼 (出典:千載集)
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに
あらはれわたる瀬々の網代木 
065
伊勢大輔 (出典:詞花集)
いにしへの奈良の都の八重桜
けふ九重ににほひぬるかな

相模 (出典:後拾遺集)
恨みわびほさぬ袖だにあるものを 
恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
066
小式部内侍 (出典:金葉集)
大江山いく野の道の遠ければ 
まだふみも見ず天の橋立

大僧正行尊 (出典:金葉集)
もろともにあはれと思へ山桜 
花よりほかに知る人もなし
067
権中納言定頼 (出典:千載集)
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに 
あらはれわたる瀬々の網代木

周防内侍 (出典:千載集)
春の夜の夢ばかりなる手枕に 
かひなく立たむ名こそ惜しけれ
068
左京大夫道雅 (出典:後拾遺集)
今はただ思ひ絶えなむとばかりを 
人づてならでいふよしもがな

三条院 (出典:後拾遺集)
心にもあらで憂き世にながらへば 
恋しかるべき夜半の月かな
069
周防内侍 (出典:千載集)
春の夜の夢ばかりなる手枕に
かひなく立たむ名こそ惜しけれ

能因法師 (出典:後拾遺集)
嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 
竜田の川の錦なりけり
070
大納言経信 (出典:金葉集)
夕されば門田の稲葉おとづれて 
蘆のまろやに秋風ぞ吹く

良暹法師 (出典:後拾遺集)
さびしさに宿を立ち出でてながむれば
いづこも同じ秋の夕暮れ
071
前大僧正行尊 (出典:金葉集)
もろともにあはれと思へ山桜 
花よりほかに知る人もなし

大納言経信 (出典:金葉集)
夕されば門田の稲葉おとづれて 
蘆のまろやに秋風ぞ吹く
072
前中納言匡房 (出典:後拾遺集)
高砂の尾上の桜咲きにけり 
外山の霞立たずもあらなむ

祐子内親王紀伊 (出典:金葉集)
音に聞く高師の浜のあだ波は 
かけじや袖のぬれもこそすれ
073
権中納言国信 (出典:新古今集)
春日野の下萌えわたる草の上に 
つれなく見ゆる春の淡雪

大江匡房 (出典:後拾遺集)
高砂の尾上の桜咲きにけり 
外山の霞立たずもあらなむ
074
祐子内親王紀伊 (出典:金葉集)
音に聞く高師の浜のあだ波は 
かけじや袖のぬれもこそすれ

源俊頼朝臣 (出典:千載集)
憂かりける人を初瀬の山おろしよ
 激しかれとは祈らぬものを
075
相模 (出典:後拾遺集)
恨みわびほさぬ袖だにあるものを 
恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ

藤原基俊 (出典:千載集)
契りおきしさせもが露を命にて 
あはれ今年の秋もいぬめり
076
源俊頼朝臣 (出典:金葉集)
山桜咲き初めしよりひさかたの
雲居にみゆる滝の白糸


法性寺入道前関白太政大臣
 (出典:詞花集)
わたの原漕ぎ出でてみればひさかたの 
雲居にまがふ沖つ白波
077
崇徳院御製 (出典:詞花集)
瀬をはやみ岩にせかる滝川の 
われて末にも あはむとぞ思ふ  ★

崇徳院
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の 
われても末にあはむとぞ思ふ
078
待賢門院堀川 (出典:千載集)
長からむ心も知らず黒髪の
 乱れて今朝はものをこそ思へ

源兼昌 (出典:金葉集)
淡路島かよふ千鳥の鳴く声に
 幾夜ね覚ぬ須磨の関守
079
法性寺入道前関白太政大臣
 (出典:詞花集)
わたの原漕ぎ出でてみればひさかたの 
雲居にまがふ沖つ白波

左京大夫顕輔 (出典:新古今集)
秋風にたなびく雲の絶え間より 
もれ出づる月の影のさやけさ
080
左京大夫顕輔 (出典:新古今集)
秋風にたなびく雲の絶え間より 
もり出づる月の影のさやけさ

待賢門院堀河 (出典:千載集)
長からむ心も知らず黒髪の 
乱れて今朝はものをこそ思へ
081
源兼昌 (出典:金葉集)
淡路島かよふ千鳥の鳴く声に
幾夜め覚ぬ須磨の関守 ★

後徳大寺左大臣 (出典:千載集)
ほととぎす鳴きつる方をながむれば
ただ有明の月ぞ残れる
082
藤原基俊 (出典:千載集)
契りおきしさせもが露を命にて 
あはれ今年の秋もいぬめり

道因法師 (出典:千載集)
思ひわびさても命はあるものを 
憂きにたへぬは涙なりけり
083
道因法師 (出典:千載集)
思ひわびさても命はあるものを
 憂きにたへぬは涙なりけり

皇太后宮大夫俊成 (出典:千載集)
世の中よ道こそなけれ思ひ入る 
山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
084
藤原清輔朝臣 (出典:新古今集)
ながらへばまたこのごろやしのばれむ
憂しと見し世ぞ今は恋しき 

藤原清輔朝臣
ながらへばまたこのごろやしのばれむ
憂しと見し世ぞ今は恋しき 
085
俊恵法師 (出典:千載集)
夜もすがらもの思ふころは明けやらぬ 
閨のひまさへつれなかりけり  ★

俊恵法師 
夜もすがらもの思ふころは明けやらで 
閨のひまさへつれなかりけり
086
後徳大寺左大臣 (出典:千載集)
ほととぎす鳴きつる方をながむれば 
ただ有明の月ぞ残れる

西行法師 (出典:千載集)
嘆けとて月やはものを思はする 
かこち顔なるわが涙かな
087
皇太后宮大夫俊成 (出典:千載集)
世の中よ道こそなけれ思ひ入る
山の奥にも鹿ぞ鳴くなる

寂蓮法師 (出典:新古今集)
むらさめの露もまだひぬまきの葉に 
霧立ちのぼる秋の夕暮れ
088
西行法師 (出典:千載集)
嘆けとて月やはものを思はする 
かこち顔なるわが涙かな

皇嘉門院別当 (出典:千載集)
難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 
みをつくしてや恋ひわたるべき
089
皇嘉門院別当 (出典:千載集)
難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ
 みをつくしてや恋ひわたるべき

式子内親王 (出典:新古今集)
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 
忍ぶることの弱りもぞする 
090
権中納言長方 (出典:新古今集)
きのくにのゆらのみさきに拾ふてふ
 たまさかにだに逢い見てしかな

殷富門院大輔 (出典:千載集)
見せばやな雄島のあまの袖だにも 
ぬれにぞぬれし色はかはらず
091
殷富門院大輔 (出典:千載集)
見せばやな雄島のあまの袖だにも
 ぬれにぞぬれし色はかはらず

後京極摂政前太政大臣 (出典:新古今集)
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 
衣かたしきひとりかも寝む
092
式子内親王 (出典:新古今集)
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 
忍ぶることの弱りもぞする 

二条院讃岐 (出典:千載集)
わが袖は潮干にみえぬ沖の石の 
人こそ知らねかわく間もなし
093
寂蓮法師 (出典:新古今集)
むらさめの露もまだひぬまきの葉に
霧立ちのぼる秋の夕暮れ

鎌倉右大臣 (出典:新勅撰集)
世の中は常にもがもな渚こぐ 
あまの小舟の綱手かなしも
094
二条院讃岐 (出典:千載集)
わが袖は潮干にみえぬ沖の石の 
人こそ知らねかわく間もなし

参議雅経 (出典:新古今集)
みよし野の山の秋風さ夜ふけて 
ふるさと寒く衣打つなり
095
後京極摂政前太政大臣 (出典:新古今集)
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに
 衣かたしきひとりかも寝む

前大僧正慈円 (出典:千載集)
おほけなく憂き世の民におほふかな 
わが立つ杣に墨染めの袖
096
前大僧正慈円 (出典:千載集)
おほけなく憂き世の民におほふかな
 わが立つ杣に墨染めの袖

入道前太政大臣 (出典:新勅撰集)
花さそふ嵐の庭の雪ならで 
ふりゆくものはわが身なりけり
097
参議雅経 (出典:新古今集)
みよし野の山の秋風さ夜ふけて 
ふるさと寒く衣打つなり

権中納言定家 (出典:新勅撰集)
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに
 焼くや藻塩の身もこがれつつ
098
鎌倉右大臣 (出典:新勅撰集)
世の中は常にもがもな渚こぐ 
あまの小舟の綱手かなしも

従二位家隆 (出典:新勅撰集)
風そよぐならの小川の夕暮れは
 みそぎぞ夏のしるしなりける
099
正三位家隆 (出典:新勅撰集)
風そよぐならの小川の夕暮れは 
みそぎぞ夏のしるしなりける

後鳥羽院 (出典:続後撰集)
人もをし人も恨めしあぢきなく 
世を思ふゆゑにもの思ふ身は
100
権中納言定家 (出典:新勅撰集)
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 
焼くや藻塩の身もこがれつつ

順徳院 (出典:続後撰集)
ももしきや古き軒端のしのぶにも 
なほあまりある昔なりけり
101
入道前太政大臣 (出典:新勅撰集)
花さそふ嵐の庭の雪ならで 
ふりゆくものはわが身なりけり

前大納言為家 (出典:新勅撰集)
たちのこすこずゑも見えず山桜 
はなのあたりにかかる白雲



 

 ◆ 百人一首から百ト一首へ  「5」に導かれて

百人一首の謎の中でも一般的によく知られているのが、「5」と5の倍数に関することですね。 定家は、古今集仮名序にて紀貫之(35)が述べている六歌仙より柿本人麿(3)、喜撰法師(8)、小野小町(9)、僧正遍 昭(12)、文屋康秀(22)の5人を選んでいます。古今集真名序で紀淑望によって「大伴黒主の歌は、古の猿丸大夫の次なり、」と 書かれた大伴黒主をはずしました。


藤原公任(55)の「三十六人撰」から36人中25人を選んでいます。11人撰ばれませんでした。


5人の院、陽成院(13)、三条院(68)、崇徳院(77)、後鳥羽院(99)、順徳院(100)が撰ばれています。


3人の天皇(天智天皇(1)、持統天皇(2)、光孝天皇(15))と2人の親王(元良親王(20)、式子内親王(89))の5人の皇族がいます。


不如帰(81)、鶏(62)、山鳥(3)、鵲(6)、千鳥(78)の5羽の鳥がいますね。


「二つの101首集」には、都合105首の歌 (5X21) がありますが、 その中で、「おくやまに」(5)、「かささぎの」(6)、「ふくからに」(22)、「みかのはら」(27)、「みかきもり」(49)の5首は 作者不明や伝承されている内にその歌人の歌になってしまったものです。しかしこれに関しては、万葉時代の天智天皇の御製の「あきのたの」(1) など両歌集の最初の4首は除いています。


また百人一首には多くの親子が含まれていますが、一般的に17組と言われています。どうして20組いない のか「5」の関連性から考えると不思議なことの一つでした。そんな中、百人秀歌では儀同三司の母(54・秀55)と 定子(秀53)が親子になるという一文(誰も知らなかった百人一首、吉海直人)を見て20組になると確信したのです。


経信(71)、俊頼(74)、俊恵法師(85)の三代続く2組の親子のことですが、何故一家系だけ子、孫 と直系三代という親子関係が存在するのか不思議なことでした。定家なら六条家を上回る3組の親子関係を 作っているに違いないと思うようになりました。


俊成(83)の養子の寂蓮(87)は、定家が生まれなかったら左御子家の後継者でしたが、 定家自身はこの事をどう思っていたのでしょうか。定家にとっては父の俊成と寂蓮の関係は無視できなかったはずです。


冒頭で述べましたように百人一首が百人秀歌と同様に101首(百ト一首)あると仮定して、さて101番目に来るのは、誰であるかということですが、 これこそ俊成と寂蓮、俊成と定家、そして3組目は定家と息子の為家しか考えられません。では、為家の歌は何処にあるのかという疑問がでてきます。 これは定家が独撰した新勅撰集の101番目にあるはずと本を繰ると、為家の勅撰集初出の歌がありました。

 新勅撰集 春歌二 右衛門督為家
  101 たちのこす こずゑも見えず 山桜 はなのあたりに かかる白雲                        

これに基づいて作った表が上にある「二つの101首集(百人秀歌と百ト一首)」というわけです。

ちなみに、「5」に導かれてということについてもう一つあります。、百人一首の歌は、すべて勅撰和歌集から選出されているということになっています。 「古今集」、「後撰集」、「拾遺集」、「後拾遺集」、「金葉集」、「詞花集」、「千載集」、「新古今集」、「新勅撰集」と定家の 時代では9代集から選ばれており、最後の「新勅撰集」から「よのなかは(93)、はなさそふ(96)、こぬひとを(97)、かぜそよぐ(98)」の 4首を選んでいます。「5」について導かれるのなら、もう1首あるはずという考えも起こるべきだったのかもしれません...。

 為家撰の「続後撰集」において「ひともをし(99)、ももしきや(100)」が入選して、10代勅撰集から選ばれたことになり完結しました。

俊成(83)、定家(97)、為家(100)と三代の親子を考えたおかげで101番目の歌を見い出すことができたのですが、このページに興味をもって くださり、ご自身のサイトに興味深いページを作られたみかきもりさんの「みかきもりの本箱」のページを眺めていた時に気づかされました。

家族構成の最後は、当初、後鳥羽院と順徳院にしてましたが、それが当然といいますか、ここで閉られるべきものという観念にとりつかれ ていたということです。定家は決して後鳥羽院への鎮魂歌のためにこの歌集を編んだのではないということを分かって いるつもりなのに既成概念から脱却し切れていない自分の再発見でした。

20組目の親子関係は養子縁組をしていた藤原公経と藤原為家です。鎌倉幕府派の公家として権勢 並ぶ者もなく西園寺家の基礎を築き、定家の妻の弟である入道前太政大臣公経に、息子為家を託して、 子々孫々と左御子家が繁栄することを祈願したのです。

みかきもりの気ままに小倉百人一首 「NO.28 2016/4/11 薔薇の本数と百人一首」

 
                 
 ◆ 家 族 関 係 図(20組38名)
   1 古今集以前の時代の親と子 
天智天皇 (秀1) ----- 持統天皇 (2)
陽成院 (秀12) ----- 元良親王 (20)
僧正遍昭 (秀15) ----- 素性法師 (21)
文屋康秀 (秀27) ----- 文屋朝康 (37)
   2 古今集、後撰集の時代の親と子  
壬生忠岑 (秀24) ----- 壬生忠見 (41)
三条右大臣 定方 (秀35) ----- 中納言朝忠 (44)
謙徳公 藤原伊尹 (秀43) ----- 藤原義孝 (50)
清原元輔 (秀45) ----- 清少納言 (62)
   3 拾遺集、後拾遺集の時代の親と子 
儀同三司母 (秀55) ----- 一条院皇后宮定子 (秀53)
大納言公任 (秀59) ----- 権中納言定頼 (64)
和泉式部 (秀61) ----- 小式部内侍 (60)
紫式部 (秀64) ----- 大弐三位 (58)
   4 金葉集、詞花集の時代の親と子  
大納言経信 源経信 (秀70) ----- 源俊頼朝臣 (74)
源俊頼朝臣 (秀76) ----- 俊恵法師 (85)
藤原忠通(秀79) *1 ----- 前大僧正慈円 (95)
左京大夫顕輔 (秀80) ----- 藤原清輔朝臣 (84)
   5 千載集、新古今集、新勅撰集の時代の親と子 
皇太后宮大夫俊成 (秀87) ----- 寂蓮法師 (87)
皇太后宮大夫俊成 (秀87) ----- 権中納言定家 (97)
後鳥羽院 (99) ----- 順徳院 (100)
藤原公経 (秀101) *2 ----- 前大納言為家 (101)

   
*1  藤原忠通(秀79) ----- 法性寺入道前関白太政大臣(76)
*2  藤原公経 (秀101) ----- 入道前太政大臣 (96)



 
     ◆  =参考資料=  


・通行本に添って、歌人名や歌を漢字に置き換えたりしてます。

 ・「百人秀歌」宮内庁書陵部蔵 平成4年 編者 久曾神昇 プリント・オン・デマンド版
 ・「百人一首」 平成八年改版37版 訳注 島津忠夫 角川書店
 ・「新勅撰和歌集」2009年第4刷 校訂 久曾神昇 樋口芳麻呂 岩波書店
 ・「続後撰和歌集全注釈」1989年 編著者 木船重昭 大学堂書店 


 



正面玄関にもどる ‖ 上にもどる