正面玄関百人秀歌と百ト一首歌枕47春の夜の月水無瀬離宮定家略年譜八七話語り



 

◆ 二つの101首集 <百人秀歌と百ト一首>

  百ト一首って何?百人一首やそれとよく似た百人秀歌とも違う新しい歌集が発見されたのと、思われる人もい るかと思います。百人一首はご存知のように大歌人藤原定家が編んだと言われている100首の歌集です。それ は詞書も歌人名も記載されていない歌だけが書かれた色紙形のものです。


 もう一つの百人秀歌は、1951年に有吉保氏によって宮内庁書陵部にて発見された歌集です。97首まで百人一 首と同じ歌が入っていますが100首ではなくて101首あります。


 後鳥羽院御口伝において、後鳥羽院は、俊頼(74)のことを、源俊頼は優れた歌人である。彼は異なったスタイ ルでもって歌を詠んでいる。整って優美な歌も、とくに多く見られるが、表面的なことだけではなく、思考の末に 誰にもまねができないような独創的な歌もあると書いています。そしてこの独創的なスタイルが定家がかくありたいと 願っているものであるとも書いています。


織田氏は、著作の「絢爛たる暗号 百人一首の謎を解く」の中で百人一首と百人秀歌同時に作られたと言及されてます。 この説にとても共感を覚えたと同時にその理由に疑問を持った時から私の謎解きが始まったのです。


 定家がかくありたいと思ったかも知れない俊頼の歌を百人秀歌と百人一首から取り出してみました。俊頼の歌だけが 百人秀歌と百ト一首の二つの歌集に異なる歌が選ばれています。ちなみに両歌集には97首同じ歌です。

    山桜 咲き初めしより ひさかたの 雲居に見ゆる 滝の白糸 (秀76)

    憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ 激しかれとは 祈らぬものを(74)


 百人秀歌の101首を整った優美なスタイル、百人一首を独創的なスタイルのものという考え方をしたらどうかなと 対照的に考えているうちに、一般的に、百人一首はだいたい歌人の没年順となっていると承知されてます。なら ば百人秀歌のほうは誕生順ではないかと仮定してみたのですが、大幅に違っているものもあり、逆説的に言うと、そこに 何か意味があるのではと考えるようになりました。


 唯一両集に撰ばれた同一歌人(俊頼による異なる歌(74−秀76)を両集の懸け橋としてみたのです。


 百人一首も101首あると仮定して、百人秀歌と対にしてそこに隠された秘密を明らかにしようと試みまし た。百人一首も101首あれば百人秀歌と対になるという考えに至った経緯は下記の101集の一覧の後で解説してます。 100首ともう1首なので百ト一首と名付けてみました。(トを斜めにすると人になりませんか。)誰が名付け たのか知りませんが、決して秀歌集でも百人が一首ずつ詠んだ歌集でもないのです。


 これらは対になった101首集であり、定家は そこにさまざまな事を隠しました。それらは、真の勅撰和歌集の完成と承久の乱の後に望む望まないに関わらず 配流になった三人の上皇への鎮魂歌であり、それは同時にこの時代に信仰されていた陰陽道に基づいて後鳥羽 院の怨霊を封じ、御子左家の子々孫々の歌道の家としての繁栄を願って他の歌道家をも封印しようとしたのです。


 祟りを恐れた定家は、後鳥羽院が愛してやまなかった水無瀬離宮を大内裏の辰巳の方向にある宇治に移し封 印したのです。二つの歌集にある全105首の歌を自在に操り、勅勘を蒙った時の歌についての思いや、心血を注いだ 最勝四天王院の障子絵と歌の再現。そして大胆不敵にも600年の歴史の上に自分史を載せてしまったと推理したのですが...。


 また、百人秀歌集において示したのは、当時決して心の内を明かすことが出来なかった定家の「思ひ」、


 後鳥羽院に逢いたい!だったと思ってます。


 これから先は、便宜上、百人秀歌と百ト一首と使い分けていきますが、百人一首の謎とかに興味 のない人には、ここまで書かれたことについても説明不足すぎるでしょう。もし興味を持たれましたら、世の中には 数えきれないくらい百人一首の本がありますのでご一読の後にお立ち寄りください。


 まずは二つの101首集の一覧をご覧ください。二つの歌集を並べてみると11首の歌が共通番号となっているの が分かります
 

 
        ◆ 二つの101首集の一覧表     
                                                   
000 ・上段の歌が百ト一首(百人一首)順、下段が百人秀歌順です。
・百ト一首のみの入選歌4首には青色を、百人秀歌のみの入選歌4首には赤色で表記します。
・101首のうち11首は両歌集とも同じ番号になっています。1, 2, 3, 4, 19, 20, 32, 44, 77, 84, 85。
・★がついてる歌は両歌集ではっきりした相違点があります。 
001 秋の田の かりほの庵の 苫を荒み わが衣手は 露にぬれつつ
002 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山  
003 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む  
004 田子の浦に うちいでて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ 
005 奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋はかなしき
かささぎの わたせる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける  
006 かささぎの わたせる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
007 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも 
わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり舟 
008 わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり  
奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋はかなしき 
009 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに 
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む 
010 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは 
011 わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり舟 
すみの江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ
012 天つ風 雲の通い路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりける  ★(13) 
013 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる 
花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに 
014 陸奥の しのぶもぢずり たれゆゑに 乱れそめにし われならなくに
わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり 
015 君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ
天つ風 雲の通い路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ 
016 立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む 
これやこの 行くも帰るも 別れつつ 知るも知らぬも 逢坂の関  ★(10) 
017 ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは 
陸奥の しのぶもぢずり たれゆゑに 乱れむとおもふ われならなくに ★(14) 
018 すみの江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ   
君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ 
019 難波潟 短き蘆の ふしの間も 逢はでこの世を すぐしてよとや 
020 わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ 
021 今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば  
022 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ
今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな 
023 月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 
このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに 
024 このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし 
025 名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花 
026 おぐら山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ 
027 みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ 
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ 
028 山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば   
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける 
029 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花 
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪  
030 有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし 
月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 
031 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪 
たれをかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに 
032 山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり  
033 ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづくに 月宿るらむ  ★(36)
034 たれをかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
おぐら山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ 
035 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな 
036 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ 
みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ 
037 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける 
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき 
038 忘らるる 身をば思はず ちかひてし 人の命の 惜しくもあるかな   
白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける 
039 浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき 
忘らるる 身をば思はず ちかひてし 人の命の 惜しくもあるかな 
040 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで  
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものも 思はざりけり  ★(43) 
041 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか 
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで 
042 契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは 
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか  
043 逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり
あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな 
044 逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
045 あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな
契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは 
046 由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え 行く方も知らぬ 恋の道かな
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな 
047 八重むぐら 茂れる宿の 寂しきに 人こそ見えね 秋は来にけり 
由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え 行く方も知らぬ 恋の道かな 
048 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな  
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ
049 みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ 
君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな 
050 君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな 
かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを 
051 かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを 
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なを恨めしき 朝ぼらけかな
052 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なを恨めしき 朝ぼらけかな
八重むぐら 茂れる宿の 寂しきに 人こそ見えね 秋は来にけり  
053 嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る
よもすがら ちぎりしことを 忘れずは 恋ひむ涙の 色ぞゆかしき 
054 忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな
心にも あらで憂き世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな 
055 滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ
忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな 
056 あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る 
057 めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり 
058 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする  
さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮れ  ★(70) 
059 やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな 
滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほとまりけれ  ★(55) 
060 大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 
夜をこめて 鳥のそら音に はかるとも よに逢坂の 関は許さじ   ★(62) 
061 いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな 
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
062 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関は許さじ
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする 
063 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな
064 朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木  
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな  
065 恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな 
066 もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 
067 春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 
068 心にも あらで憂き世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな  
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな 
069 嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり 
春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ 
070 さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ 
夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く 
071 夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く 
もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
072 音に聞く 高師の浜のあだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ
高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ 
073 高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ
春日野の 下萌えわたる 草の上に つれなく見ゆる 春の淡雪
074 憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ 激しかれとは 祈らぬものを 
音に聞く 高師の浜のあだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ
075 契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ 
076 わたの原 漕ぎ出でてみれば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波
山桜 咲き初めしより ひさかたの 雲居に見ゆる 滝の白糸 
077 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われてすゑにも あはむとぞ思ふ  ★
078 淡路島 通ふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝ざめぬ 須磨の関守  
長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ 
079 秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ  
わたの原 漕ぎ出でてみれば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波 
080 長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ 
秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ  
081 ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる 
淡路島 通ふ千鳥の 鳴く声に 幾夜目ざめぬ 須磨の関守   ★(78) 
082 思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり 
契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり 
083 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり 
084 ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき 
085 夜もすがら もの思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり
夜もすがら もの思ふころは 明けやらぬ 閨のひまさへ つれなかりけり  ★ 
086 嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな
ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる 
087 むらさめの 露もまだひぬ まきの葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
088 難波江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき  
嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな 
089 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする 
難波江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき 
090 見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず 
きのくにの ゆらのみさきに 拾ふてふ たまさかにだに 逢い見てしかな 
091 きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む
見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず  
092 わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし  
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする 
093 世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも
むらさめの 露もまだひぬ まきの葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ 
094 みよし野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣打つなり 
わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし 
095 おほけなく 憂き世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染めの袖 
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む 
096 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
おほけなく 憂き世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染めの袖 
097 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
みよし野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣打つなり 
098 風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける   
世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも 
099 人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は 
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける 
100 ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり  
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ 
101 たちのこす こずゑも見えず 山桜 はなのあたりに かかる白雲 
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり 


 

 ◆ 百人一首から百ト一首へ  「5」に導かれて

 百人一首の謎の中でも一般的によく知られているのが、「5」と5の倍数に関することですね。 定家は、古今集仮名序にて紀貫之(35)が述べている六歌仙より柿本人麿(3)、喜撰法師(8)、小野小町(9)、僧正遍 昭(12)、文屋康秀(22)の5人を選んでいます。古今集真名序で紀淑望によって「大伴黒主の歌は、古の猿丸太夫の次なり、」と 書かれた大伴黒主をはずしました。


 藤原公任(55)の「三十六人撰」から36人中25人を選んでいます。11人撰ばれませんでした。


 他の「5」に関する ことでは、5人の院、陽成院(13)、三条院(68)、崇徳院(77)、後鳥羽院(99)、順徳院(100)が撰ばれています。不如帰(81)、鶏 (62)、山鳥(3)、鵲(6)、千鳥(78)の5羽の鳥がいますね。


 「二つの101首集」には、都合105首の歌 (5X21) がありますが、 その中で、「おくやまに」(5)、「かささぎの」(6)、「ふくからに」(22)、「みかのはら」(27)、「みかきもり」(49)の5首は 作者不明や伝承されている内にその歌人の歌になってしまったものです。しかしこれに関しては、万葉時代の天智天皇の御製の「あきのた の」(1)など両歌集の最初の4首は除いています。


 また百人一首には多くの親子が含まれていますが、一般的に17組と言われています。どうして20組いない のか「5」の関連性から考えると不思議なことの一つでした。そんな中、百人秀歌では儀同三司の母(54・秀55)と 定子(秀53)が親子になるという一文(誰も知らなかった百人一首、吉海直人)を見て20組になると確信したのです。 それまで百人一首だけを見ていましたが、二つの歌集を合わせることによって初めて成り立つ「5」謎だったの です。まずこれで18組になりました。


 それに続いて、経信(71)、俊頼(74)、俊恵法師(85)の三代続く2組の親子のことです。何故一家系だけ子、孫 と直系三代という親子関係が存在するのか。これも不思議なことでしたが、定家なら六条家を上回る3組の親子関係を 作っているに違いないと思うようになりました。。俊成(83)と養子の寂蓮(87)(定家が生まれなかったら左御子家の後継者でした。 定家自身はこの事をどう思っていたのでしょうか)。定家にとっては父の俊成と寂蓮の関係は無視できなかったはずです。 これで19組になりました。


 冒頭で述べましたように百人一首が百人秀歌と同様に101首(百ト一首)あると仮定して、さて101番目に来るのは、誰であるかということですが、 これこそ俊成と寂蓮、俊成と定家、そして3組目は定家と息子の為家しか考えられません。では、為家の歌は何処にあるのかという疑問がでてきます。 これは定家が独撰した新勅撰集の101番目にあるはずと本を繰ると、為家の勅撰集初出の歌がありました。

 新勅撰集 春歌二 右衛門督為家
  101 たちのこす こずゑも見えず 山桜 はなのあたりに かかる白雲                        

 これに基づいて作った表が上にある「二つの101首集(百人秀歌と百ト一首)」というわけです。

 ちなみに、「5」に導かれてということについてもう一つあります。、百人一首の歌は、すべて勅撰和歌集から選出されているということになっています。 「古今集」、「後撰集」、「拾遺集」、「後拾遺集」、「金葉集」、「詞花集」、「千載集」、「新古今集」、「新勅撰集」と定家の 時代では9代集から選ばれており、最後の「新勅撰集」から「よのなかは(93)、はなさそふ(96)、こぬひとを(97)、かぜそよぐ(98)」の 4首を選んでいます。「5」について導かれるのなら、もう1首あるはずという考えも起こるべきだったのかもしれません...。

 為家撰の「続後撰集」において「ひともをし(99)、ももしきや(100)」が入選して、10代勅撰集から選ばれたことになり完結しました。

 俊成、定家、為家と三代の親子を考えたおかげで101番目の歌を見い出すことができたのですが、このページに興味をもって くださり、ご自身のサイトに興味深いページを作られたみかきもりさんの「みかきもりの本箱」のページを眺めていた時にハタと気がつきました。家族 構成の最後は、当初、後鳥羽院と順徳院にしてましたが、それが当然といいますか、ここで閉られるべきものという観念にとりつかれ ていたということです。定家は決して後鳥羽院への鎮魂歌のためにこの歌集を編んだのではないということを分かって いるつもりなのに既成概念から脱却し切れていない自分の再発見でした。

 20組目の親子関係は養子縁組をしていた藤原公経と藤原為家です。鎌倉幕府派の公家として権勢 並ぶ者もなく西園寺家の基礎を築き、定家の妻の弟である入道前太政大臣公経に、息子為家を託して、 子々孫々と左御子家が繁栄することを祈願したのです。

みかきもりの気ままに小倉百人一首 「NO.28 2016/4/11 薔薇の本数と百人一首」

 
                 
 ◆ 家 族 関 係 図(20組38名)
   1 古今集以前の時代の親と子 
天智天皇 (1) ----- 持統天皇 (2)
陽成院 (秀12) ----- 元良親王 (20)
僧正遍昭 (秀15) ----- 素性法師 (21)
文屋康秀 (秀27) ----- 文屋朝康 (37)
   2 古今集、後撰集の時代の親と子  
壬生忠岑 (秀24) ----- 壬生忠見 (41)
三条右大臣 定方 (秀35) ----- 中納言朝忠 (44)
謙徳公 藤原伊尹 (秀43) ----- 藤原義孝 (50)
清原元輔 (秀45) ----- 清少納言 (62)
   3 拾遺集、後拾遺集の時代の親と子 
儀同三司母 (秀55) ----- 一条院皇后宮定子 (秀53)
大納言公任 (秀59) ----- 権中納言定頼 (64)
和泉式部 (秀61) ----- 小式部内侍 (60)
紫式部 (秀64) ----- 大弐三位 (58)
   4 金葉集、詞花集の時代の親と子  
大納言経信 源経信 (秀70) ----- 源俊頼朝臣 (74)
源俊頼朝臣 (秀76) ----- 俊恵法師 (85)
藤原忠通(秀79) *1 ----- 前大僧正慈円 (95)
左京大夫顕輔 (秀80) ----- 藤原清輔朝臣 (84)
   5 千載集、新古今集、新勅撰集の時代の親と子 
皇太后宮大夫俊成 (秀87) ----- 寂蓮法師 (87)
皇太后宮大夫俊成 (秀87) ----- 権中納言定家 (97)
後鳥羽院 (99) ----- 順徳院 (100)
藤原公経 (秀101) *2 ----- 右衛門督為家 (101)

   
*1  藤原忠通(秀79) ----- 法性寺入道前関白太政大臣(76)
*2  藤原公経 (秀101) ----- 入道前太政大臣 (96)
 



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