a 北斗七星信仰

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◆ 北 斗 七 星 信 仰    (2019/11/25)

「百人秀歌と百ト一首」の2つの歌集の歌番号を繋いでいくと、最初の歌番号に戻るグループがあることに気が付き、 すべての歌について調べてみた。

百人秀歌5番(以下、秀番号)の「かささぎに」は百ト一首の6番(以下、百番号)にあります。同じ番号の(秀6)の「あまのはら」は (百7)にあります。その(秀7)にある「わたのはらや」は(百11)です。そのように繋げていくと、出始めの歌に戻る大きなグループが2つと 小さなグループから成るものが7つできました。そして百ト一首だけにある歌(4首)と百人秀歌だけにある歌(4首)がそれぞれに 結ばれて4つの連なりができました。

平安時代の貴族たちの生活リズムとして、起床した後、属星を七回唱えるというのがあった。北斗七星は七つの星で構成されている。 人間は、生まれた年によって、北斗七星のいずれかの星を運命にもち、それを信仰したり、祀ったりすることで、あらゆる災禍が 除かれ、あらゆる願が実を結ぶとされていた。属星は本命星とも言われ、生まれた年によって決定される。 (現代に息づく陰陽五行 稲田義行 日本実業出版社2009)

藤原師輔(藤原忠平(百26)男)が残した「九条殿遺戒」には、貴族としての心得を記した家訓であり、毎日起床後に行うべき事柄を はじめとする日常生活の作法,宮廷に出仕する際の心得など,生活全般にわたって細かい訓誡をのべており,子々孫々にまで重んじられた。

有職故実の九条流は、師輔を祖として、三男の道長から忠通(百76)へと摂関家が続き繁栄した。ちなみに、対立関係に あった師輔の兄の実頼の「小野宮流」は、実頼の孫の公任(百55)、ひ孫の定頼(百64)を最後に表舞台から消えていった。

定家が残した50年以上にわたる日記「明月記」では、天文に関する記述が多くあり、その方面でも重要な資料的価値が大きく、 斉藤国治氏が、「定家『明月記』の天文記録−古天文学による解釈−」(慶友社 1999)と言う本を残されている。 全105首のうち、一割強の12首が「月」に関する歌だ。

7つの小さなグループが北斗七星と関係があると仮定すると、2つの大きなグループの最初のは、北斗七星がガイドする不動の 北極星であり、もう1つは、定家が愛した月を表している推察した。後半の4つの連なりは、天球における四神相応に基づいて 当てはめてみた。

さて、90首は、以上の様に其々の星に置いたが、不動の11首はどうなるのかな。<百人秀歌の歌人たち>のサイトにおいて、 32番「山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉かな」の春道列樹は、名前が源氏物語のモデルと似ていることを言及したが、 そこから不動の19、20、44番も同じようにモデルになっているのではと思うようになった。

それを基にして、新しい展開が開けてくるように思います。空気が張り詰めた冬の夜空を見上げると、 オリオン座の三ツ星が燦然と輝いています。

寛喜2年(1230年)、3年(1231年)、季節異変 京都暴風雨 鴨川氾濫 気温不順大凶作、餓死者街頭に満ち悪臭屋内に満ち 諸国大飢饉となった。

貞永元年(1232年)、少し収まってきたこの年に、後堀河天皇より勅撰集編纂のご下命を賜った。

天福元年(1233年)、怪異転変がいろいろ起きた年であり、定家は世情の不安を嘆いている。

文暦元年(1234年)、後堀河天皇の崩御により新勅撰集草稿を焼いたが、九条道家の命により、再編纂して翌年、道家に献じた。

定家の息子の為家は、貞永元年(1232年)に「立ちのこす」(百101)を詠んでおり、「新勅撰集、101春下」に収められている。

後堀河天皇の崩御に伴い、一度は破棄した勅撰集を、政治的配慮を余儀なくされた再編集に対して、歌人として屈辱的な 思いをしたのではないだろうか。最晩年において、最高の名誉となるはずが、このようなことになり、全く別の形で、歌人たちの歴史、 自分史を潜めて、天空の星たちに昇華させたような気がする。

そして、天球の信仰、陰陽五行に基づく平安京の怨霊封じを編み込んで子々孫々の安泰を願ったのではないだろうか。 この2つの歌集が同時に編まれないと、このような展開は不可能なのだ。

「百人一首」に一首足すことによって、これらのサイトを展開することが出来た。一首引いて公にしたのは、約20年後に 「続後撰集」を編纂した為家しか考えられない。

    <北極星(北辰)> ・ <> ・ <オリオン座の三ツ星> ・ <北斗七星> ・ <天球の四神相応

   
1−14首 (秀5)かささぎの(百6)−(秀6)あまのはら(百7)−(秀7)わたのはらや(百11)−(秀11)すみのへの(百18)− (秀18)きみがためは(百15)−(秀15)あまつかぜ(百12)−(秀13)つくばねの(百13)−(秀13)はなのいろは(百9)−(秀9)たちわかれ (百16)− (秀16)これやこの(百10)−(秀10)ちはやぶる(百17)−(秀17)みちのくの(百14)−(秀14)わがいほは(百8)−(秀8)おくやまに(百5)−
2−12首 (秀21)やまざとは(百28)−(秀28)ひとはいさ(百35)−(秀35)なにしをはば(百25)−(秀25)こころあてに(百29)−(秀29)あさぼらけあ(百31)−(秀31)たれをかも(百34)−(秀34)おぐらやま(百26)−(秀26)ひさかたの(百33)−(秀33)なつのよは(百36)−(秀36)みかのはら(百27)−(秀27)ふくからに(百22)−(秀22)いまこんと(百21)−
3−3首 (秀23)このたびは(百24)−(秀24)ありあけの(百30)−(秀30)つきみれば(百23)−
4−3首 (秀37)あさぢふの(百39)−(秀39)わすらるる(百38)−(秀38)しらつゆに(百37)−
5−5首 (秀40)あひみての(百43)−(秀43)あわれとも(百45)−(秀45)ちぎりきな(百42)−(秀42)こひしてふ(百41)−(秀41)しのぶれど(百40)−
6−7首 (秀46) かぜをいたみ(百48)−(秀48) みかきもり(百49)−(秀49) きみがため惜し(百50)−(秀50) かくとだに(百51)−(秀51) あけぬれば(百52)−(秀52) やへむぐら(百47)−(秀47) ゆらのとを(百46)−
7−5首 (秀54) こころにも(百68)−(秀68) いまはただ(百63)−(秀63) やすらはで(百59)−(秀59) たきのおとは(百55)−(秀55) わすれじの(百54)−
8−4首 (秀57) あらしふく(百69)−(秀69) はるのよの(百67)−(秀67) あさぼらけうじ(百64)−(秀64) めぐりあひて(百57)−
9−6首 (秀58) さびしさに(百70)−(秀70) ゆうされば(百71)−(秀71) もろともに(百66)−(秀66) おおえやま(百60)−(秀60) よをこめて(百62)−(秀62) ありまやま(百58)−
10−12首 (秀X)ひともをし(百99)(秀99)かぜそよぐ(百98)−(秀98)よのなかは(百93)−(秀93)むらさめの(百87)−(秀87)よのなかよ(百83)−(秀83)おもひわび (百82)−(秀82)ちぎりおきし(百75)−(秀75)うらみわび(百65)−(秀65)いにしえの(百61)−(秀61)あらざらむ(百56)−(秀56)なげきつつ(百53)−(秀53)よもすがらち(百X) 
11−4首 (秀X)うかりける(百74)(秀74)おとにきく(百72)−(秀72)たかさごの(百73)−(秀73)かすがのの(百X)
12−13首 (秀X)ももしきや(百100)(秀100) こぬひとを(百97)−(秀97) みよしのの(百94)−(秀94) わがそでは(百92)−(秀92) たまのをよ(百89)−(秀89) なにわへの(百88)−(秀88) なげけとて(百86)−(秀86) ほととぎす(百81)−(秀81) あはじしま(百78)−(秀78) ながからむ(百80)−(秀80) あきかぜに(百79)−(秀79) わたのはらこぎ(百76)−(秀76) やまざくら(百X) 
13−6首 (秀X)たちのこす(百101)(秀101) はなさそふ(百96)−(秀96) おおけなく(百95)−(秀95) きりぎりす(百91)−(秀91) みせばやな(百90)−(秀90) きのくにの(百X)
 

 北 極 星 (北 辰) 14首
秀5−百6
大伴家持

鵲の
渡せる橋に
おく霜の
白きを見れば
夜ぞふけにける

秀6−百7
安倍仲麿

天の原
ふりさけ見れば
春日なる
三笠の山に
出でし月かも

秀7−百11
小野篁

わたの原
八十島かけて
漕ぎ出でぬと
人には告げよ
海人の釣船

秀11−百18
藤原敏行

住の江の
岸に寄る波
よるさへや
夢の通ひ路
人目よくらむ

秀18−百15
光孝天皇

君がため
春の野に出でて
若菜つむ
わが衣手に
雪は降りつつ

秀15−百12
僧正遍昭

天つ風
雲の通ひ路
吹き閉じよ
をとめの姿
しばしとどめむ

秀8−百5
猿丸大夫

奥山に
もみぢ踏み分け
なく鹿の
声聞くときぞ
秋はきにけり

北 極 星 (北 辰) 秀12−百13
陽成院

筑波嶺の
峰より落つる
みなの川
恋ぞつもりて
淵となりぬる

秀14−百8
喜撰法師

わが庵は
都のたつみ
しかぞ住む
世をうぢ山と
人はいふなり

秀17−百14
源融

陸奥の
しのぶもぢずり
誰ゆゑに
乱れそめにし
われならなくに

秀10−百17
在原業平

ちはやぶる
神代も聞かず
竜田川
からくれなゐに
水くくるとは

秀16−百10
蝉丸

これやこの
行くも帰るも
別れては
知るも知らぬも
逢坂の関

秀9−百16
在原行平

立ち別れ
いなばの山の
峰に生ふる
まつとし聞かば
今帰り来む

秀13−百9
小野小町

花の色は
移りにけりな
いたづらに
わが身世にふる
ながめせし間に


上にもどる

   月 12首
秀21−百28
源宗干

山里は
冬ぞさびしさ
まさりける
人目も草も
かれぬと思へば

秀28−百35
紀貫之

人はいさ
心も知らず
ふるさとは
花ぞ昔の
香ににほひける

秀35−百25
藤原定方

名にし負はば
逢坂山の
さねかづら
人に知られで
くるよしもがな

秀25−百29
凡河内躬恒

心あてに
折らばや折らむ
初霜の
おきまどわせる
白菊の花

秀29−百31
坂上是則

朝ぼらけ
有明の月と
見るまでに
吉野の里に
触れる白雪

秀22−百21
素性法師

今来むと
いひしばかりに
長月の
有明の月を
待ち出でつるかな

秀31−百34
藤原興風

誰をかも
知る人にせむ
高砂の
松も昔の
友ならなくに

秀27−百22
文屋康秀

吹くからに
秋の草木の
しをるれば
むべ山風を
あらしといふらむ

秀36−百27
藤原兼輔

みかの原
わきて流るる
いづみ川
いつみきとてか
恋しかるらむ

秀33−百36
清原深養父

夏の夜は
まだ宵ながら
明けぬるを
雲のいづこに
月宿るらむ

秀26−百33
紀友則

久方の
光のどけき
春の日に
しづ心なく
花の散るらむ

秀34−百26
藤原忠平

小倉山
峰のもみぢ葉
心あらば
いまひとたびの
みゆき待たなむ


上にもどる


    オリオン座三ツ星 (鼓星) 不動11首 
1
天智天皇
秋の田の
かりほの庵の
苫を荒み
わが衣手は
露にぬれつつ
2
持統天皇
春過ぎて
夏来にけら
し白妙の
衣ほすてふ
天の香具山


19
伊勢
難波潟
短き蘆の
ふしの間も
逢はでこの世を
すぐしてよとや
20
元良親王
わびぬれば
今はたおなじ
難波なる
みをつくしても
逢はむとぞ思ふ
77
崇徳院
瀬をはやみ
岩にせかるる
滝川の
われても末に
あはむとぞ思ふ
万葉集

源氏物語     袋草紙
3
柿本人麻呂
あしびきの
山鳥の尾の
しだり尾の
長々し夜を
ひとりかも寝む
4
山辺赤人
田子の浦に
うちいでて見れば
白妙の
富士の高嶺に
雪は降りつつ

32
春道列樹
山川に
風のかけたる
しがらみは
流れもあへぬ
紅葉なりけり
44
藤原朝忠
逢ふことの
絶えてしなくは
なかなかに
人をも身をも
恨みざらまし
84
藤原清輔
ながらへば
またこのごろや
しのばれむ
憂しと見し世ぞ
今は恋しき
85
俊恵法師
夜もすがら
もの思ふころは
明けやらで
閨のひまさへ
つれなかりけり


 北 斗 七 星 33首


秀23−百24
菅原道真

このたびは
幣も取り敢へず
手向山
紅葉の錦
神のまにまに

秀24−百30
壬生忠岑

有明の
つれなく見えし
別れより
暁ばかり
憂きものはなし


→→→→→
→→→→→
→→→→→


→→→→→
→→→→→
→→→→→

秀37−百39
源等

浅茅生の
小野の篠原
忍ぶれど
あまりてなどか
人の恋しき

秀39−百38
右近

忘らるる
身をば思はず
誓ひてし
人の命の
惜しくもあるかな





貪狼星
単なる欲望を意味するのではなく、度を越してしまい、自我を出しすぎる。
貪狼星
とんろうしょう



秀30−百23
大江千里

月見れば
千々に物こそ
悲しけれ
わが身ひとつの
秋にはあらねど

巨門星
優秀な頭脳をひけらかすことなく、でもその才をいかんなく発揮して上の者に仕える。
巨門星
こもんしょう



秀38−百37
文屋朝康

白露に
風の吹きしく
秋の野は
つらぬきとめぬ
玉ぞ散りける






























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秀46−百48
源重之

風をいたみ
岩うつ波の
おのれのみ
砕けて物を
思ふころかな

秀48−百49
大中臣能宣

御垣守
衛士の焚く火の
夜は燃え
昼は消えつつ
物をこそ思へ

秀49−百50
藤原義孝

君がため
惜しからざりし
命さへ
長くもがなと
思ひけるかな

秀50−百51
藤原実方

かくとだに
えやはいぶきの
さしも草
さしも知らじな
燃ゆる思ひを


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←←←←←
←←←←←
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秀40−百43
藤原敦忠

逢ひ見みての
後の心に
くらぶれば
昔は物を
思はざりけり

秀43−百45
藤原伊尹

あはれとも
いふべき人は
思ほえで
身のいたづらに
なりぬべきかな

秀45−百42
清原元輔

契りきな
かたみの袖を
しぼりつつ
末の松山
波越さじとは


文曲星
もんごくしょう



秀47−百46
曽禰好忠

由良のとを
渡る船人
かぢを絶え
行方も知らぬ
恋の道かな

秀52−百47
恵慶法師

八重葎
しげれる宿の
さびしきに
人こそ見えね
秋は来にけり

秀51−百52
藤原道信

明けぬれば
暮るるものとは
知りながら
なほ恨めしき
朝ぼらけかな

禄存星
天体観測器を表し、古代、人生の幸不幸は、天体の動きに左右されると信じられていた。禍福を左右する星とされた。
禄存星
ろくぞんしょう



秀41−百40
平兼盛

忍ぶれど
色に出でにけり
わが恋は
物や思ふと
人の問ふまで

秀42−百41
壬生忠見

恋すてふ
わが名はまだき
立ちにけり
人知れずこそ
思ひそめしか

文曲星
唯一の三等星で、他より輝きは小さい。芸術や文学に秀でている。技を極める。物の重さを測る器具を表し、神経質な星。

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秀54−百68
三条院

心にも
あらでうき世に
ながらへば
恋しかるべき
夜半の月かな

秀68−百63
藤原道雅

今はただ
思ひ絶えなむ
とばかりを
人づてならで
いふよしもがな

秀63−百59
赤染衛門

やすらはで
寝なましものを
小夜ふけて
かたぶくまでの
月を見しかな


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秀57−百69
能因法師

あらし吹く
三室の山の
もみぢ葉は
竜田の川の
錦なりけり

秀69−百67
周防内侍

春の夜の
夢ばかりなる
手枕に
かひなく立たむ
名こそ惜しけれ

秀67−百64
藤原定頼

朝ぼらけ
宇治の川霧
たえだえに
あらわれわたる
瀬々の網代木






廉貞星
れんていしょう



秀55−百54
儀同三司母

忘れじの
行末までは
かたければ
今日を限りの
命ともがな

秀59−百55
藤原公任

滝の音は
絶えて久しく
なりぬれど
名こそ流れて
なほ聞こえけれ






武曲星
勇敢なチャレンジャー。危険をかえりみない。正義の星。そばに輔星がある。宰相の意味があり、武曲星を支援している。それ故の強さか。
武曲星
むごくしょう



秀64−百57
紫式部

めぐり逢ひて
身しやそれとも
わかぬ間に
雲隠れにし
夜半の月かな






廉貞星
清く正しい。現実を照らし合わせながら善悪を定める。よくないと思うものは容赦なく排除する。五番目に位置し、玉衡と呼ばれ、責任感の強い星。
















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秀58−百70
良暹法師

さびしさに
宿を立ち出でて
ながむれば
いづこも同じ
秋の夕暮れ

秀70−百71
源経信

夕されば
門田の稲葉
おとづれて
蘆のまろやに
秋風ぞ吹く

秀71−百66
行尊

もろともに
あはれと思へ
山桜
花よりほかに
知る人もなし

秀66−百60
小式部内侍

大江山
いく野の道の
遠ければ
まだふみもみず
天の橋立
















破軍星
勝負を左右し、明暗を分ける星。変動や破壊を意味する。新しいステージの始まりを呼び起こす。何者をも恐れない強さを持ち、一石を投じる星。
破軍星
はぐんしょう



秀62−百58
大弐三位

有馬山
猪名の笹原
風吹けば
いでそよ人を
忘れやはする

秀60−百62
清少納言

夜をこめて
鳥の空音は
はかるとも
よに逢坂の
関はゆるさじ
















上にもどる



    天球における四神相応 (星宿図では東西が逆) 35首(5X7)
玄武
冬 (12首)
百99
後鳥羽院

人もをし
人もうらめし
あぢきなく
世を思ふゆゑに
物思ふ身は

秀99−百98
藤原家隆

風そよぐ
ならの小川の
夕暮は
みそぎぞ夏の
しりしなりける

秀98−百93
源実朝

世の中は
常にもがもな
渚漕ぐ
あまの小舟の
綱手かなしも

秀93−百87
寂蓮法師

村雨の
露もまだひぬ
まきの葉に
霧たちのぼる
秋の夕暮れ

秀87−百83
藤原俊成

世の中よ
路こそなけれ
思ひ入る
山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる

秀83−百82
道因法師

思ひわび
さても命は
あるものを
憂きに堪へぬは
涙なりけり

秀82−百75
藤原基俊

契りおきし
させもが露を
命にて
あはれ今年の
秋もいぬめり

秀75−百65
相模

恨みわび
ほさぬ袖だに
あるものを
恋に朽ちなむ
名こそ惜しけれ

秀65−百61
伊勢大輔

いにしへの
奈良の都の
八重桜
けふ九重に
にほひぬるかな

秀61−百56
和泉式部

あらざらむ
この世のほかの
思ひ出に
いまひとたびの
逢ふこともがな

秀56−百53
道綱母

嘆きつつ
ひとり寝る夜の
明くる間は
いかに久しき
ものとかは知る

秀53
定子

よもすがら
ちぎりしことを
忘れずは
恋ひむ涙の
色ぞゆかしき

西
青龍 白虎
春 (6首) 秋 (4首)
百101
藤原為家

立ちのこす
梢もみえず
山桜
花のあたりに
かかる白雲

秀101−96百
藤原公経

花さそふ
嵐の庭の
雪ならで
ふりゆくものは
わが身なりけり

秀96−百95
慈円

おほけなく
うき世の民に
おほふかな
わがたつ杣に
墨染の袖



百74
源俊頼

憂かりける
人をはつせの
山おろしよ
はげしかれとは
祈らぬものを

秀74−百72
祐子内親王紀伊

音に聞く
高師の浜の
あだ波は
かけじや袖の
ぬれもこそすれ


秀95−百91
藤原良経

きりぎりす
鳴くや霜夜の
さむしろに
衣かたしき
ひとりかも寝む

秀91−百90
殷富門院大輔

見せばやな
雄島のあまの
袖だにも
濡れにぞ濡れし
色はかはらず

秀90
藤原長方

きのくにの
ゆらのみさきに
拾ふてふ
たまさかにだに
逢ひ見てしがな



秀72−百73
大江匡房

高砂の
尾上の桜
咲にけり
外山の霞
立たずもあらなむ

秀73
源国信

春日野の
下萌えわたる
草の上に
つれなく見ゆる
春の淡雪
























朱雀








夏 (13首)




百100
順徳院

ももしきや
古き軒端の
しのぶにも
なほあまりある
昔なりけり

秀100−百97
藤原定家

来ぬ人を
まつほの浦の
夕なぎに
焼くや藻塩の
身もこがれつつ

秀97−百94
藤原雅経

み吉野の
山の秋風
小夜ふけて
ふるさと寒く
衣うつなり

秀94−百92
二条院讃岐

わが袖は
潮干に見えぬ
沖の石の
人こそ知らね
乾く間もなし

秀92−百89
式子内親王

玉の緒よ
絶えなば絶えね
ながらへば
忍ぶることの
弱りもぞする

秀89−百88
皇嘉門院別当

難波江の
蘆のかり寝の
ひとよゆゑ
みをつくしてや
恋ひわたるべき


秀88−百86
西行法師

嘆けとて
月やは物を
思はする
かこち顔なる
わが涙かな

秀86−百81
藤原実定

ほととぎす
鳴きつる方を
眺むれば
ただ有明の
月ぞ残れる

秀81−百78
源兼昌

淡路島
かよふ千鳥の
鳴く声に
幾夜ねざめぬ
須磨の関守

秀78−百80
待賢門院堀河

長からむ
心も知らず
黒髪の
乱れて今朝は
物をこそ思へ

秀80−百79
藤原顕輔

秋風に
たなびく雲の
絶え間より
もれ出づる
影のさやけさ

秀79−百76
藤原忠通

わたの原
漕ぎ出でて見れば
久方の
雲ゐにまがふ
沖つ白波






秀76
源俊頼

山桜
咲きそめしより
久方の
雲ゐに見ゆる
滝の白糸






参考資料
安倍清明 北斗七星占い 祖笛翠 2000年 勁分社
現代に息づく陰陽五行 稲田義行 2009年第8刷 日本実業出版社
オリオン座



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