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◆ 北 斗 七 星 信 仰    (2023/1/17)

「百人秀歌」と「百ト一首」の2つの歌集の歌番号を繋いでいくと、最初の歌番号に戻るグループがあることに気づき全ての歌について調べてみた。

「百人秀歌」5番(以下、秀番号)の「かささぎに」は「百ト一首」の6番(以下、百番号)にある。同じ番号の(秀6)の「あまのはら」は (百7)にあり、その(秀7)にある「わたのはらや」は(百11)だ。

「秀5かささぎに百6」−「秀6あまのはら百7」−「秀7わたのはらや百11」−「秀11すみのえの百18」−

そのように繋げていくと、最初の歌に戻る大きなグループが2つと 小さなグループが7つできた。そして「百人秀歌」だけにある歌(4首)と「百ト一首」だけにある歌(4首)がそれぞれに 結ばれて4つの流れとなった。

平安時代の貴族たちの生活リズムとして、起床した後、属星を七回唱えるというのがあった。北斗七星は七つの星で構成されている。 人間は、生まれた年によって、北斗七星のいずれかの星を運命にもち、それを信仰したり、祀ったりすることで、あらゆる災禍から免れ、 あらゆる願いが実を結ぶとされていた。属星は本命星とも言われ生まれた年によって決定される。 (現代に息づく陰陽五行 稲田義行 日本実業出版社2009)

百26藤原忠平の次男である藤原師輔が残した「九条殿遺戒」(くじょうどののいかい)は、貴族としての心得を記した家訓であり、毎日起床後に行うべき事柄をはじめとする日常生活の作法, 宮廷に出仕する際の心得など生活全般にわたって細かい訓誡をのべており子々孫々にまで重んじられた。有職故実の九条流は、師輔を祖として百76忠通へと摂関家が続き繁栄した。

定家が残した50年以上にわたる日記「明月記」では、天文に関する記述が多くあり、その方面でも重要な資料的価値が大きく、 斉藤国治氏は「定家『明月記』の天文記録−古天文学による解釈−」(慶友社 1999)を残されている。

7つの小さなグループが北斗七星と関係があると仮定すると、2つの大きなグループは、 北斗七星がガイドする不動の北極星と定家が愛した月を表している想定した。 「かささぎの渡せる橋」に基づいて4つの流れを「天の川、牽牛星と織女星」とした。 これは<百人秀歌と歌人たち>のページの中のトピック<両集72番からの家系図>において「堀河百首」などに注目したためです。



空気が張り詰めた冬の夜空を見上げると、オリオン座の三ツ星が燦然と輝いている。


「拾遺集」 冬 1146 清原元輔
いざかくて をり明かして 冬の月 春の花にも 劣らざりけり
・さあ、こうして月を見て居りながら、夜を明かそう。冬の月は、春の花に劣らず美しい。
新 日本古典文学体系 7 小町谷照彦 1990年発行 岩波書店


「四季折々の季節の中でも、人が殊に心を惹かれる花や紅葉の盛りよりも、 冬の夜の冴えた月に雪の映えて見える空は、不思議に色のない眺めが身にしみて、この世の外の世界のことまで思いやられて、 趣が深くあわれも尽きることのないものです。これを興ざめなものときめてしまった昔の人の心の浅いこと」 (「源氏物語・槿」紫式部 円地文子訳)


……冬の夜の月は昔から興ざめなものの例に引かれておりますし、 ……ところが以前、私が斎宮の御裳着の勅使となって …………私はそれ以来、冬の夜の雪の降っている晩の風情が分かるようになり、 火桶を抱えていても必ず縁先に出て、外の景色を眺めるようになりました。(「更級日記・宮仕えの記 資通と語らう 時雨の夜の思い出」 菅原孝標女 校注、訳者、注解 犬養 廉) 新編 日本古典文学全集 新潮社 By JapanKnowledge Personal


寛喜2年(1230年)、3年(1231年)、
季節異変 京都暴風雨 鴨川氾濫 気温不順大凶作、餓死者街頭に満ち悪臭屋内に満ち 諸国大飢饉となった。

貞永元年(1232年)、
権中納言任(1月)
少し収まってきたこの年に、後堀河天皇より勅撰集編纂のご下命を賜った(6月)。
新勅撰集・春下101・右衛門督為家詠む(7月)。
(百101)「立ちのこす梢も見えず山桜花の辺りにかかる白雲」
権中納言辞(12月)

天福元年(1233年)、
怪異転変がいろいろ起きた年であり、定家は世情の不安を嘆いている。

文暦元年(1234年)、
後堀河院より5首たまわる(5月)。  
新勅撰集草稿本奉る(6月)。
後堀河院の崩御(8月)により新勅撰集草稿を焼く
道家は新勅撰集草稿本を尋ね出し選集継続させる(10月下旬)
道家・教実父子は新勅撰集から百余首削除させる(11/10)
その後、「百人秀歌」と「百人一首」を秘密裏に編纂するか?

文暦二年(1235年)、
新勅撰集完成(世尊寺行能書) 道家に献ずる(3/12)

後堀河院の崩御に伴い破棄した勅撰集を、鎌倉幕府4代将軍藤原頼経父であり、 九条家3代当主の道家により政治的配慮を余儀なくされた再編集に対して、歌人として屈辱的な思いをしたのではないだろうか。

過去に二条天皇命による「続詞花集」が84清輔によって編まれていたが、 崩御によりとん挫したことがある。定家も我が身に同じ事が起こってしまったと思ったから草稿を庭で焼いてしまったのだ。 最晩年において最高の名誉となるはずがこのようなことになり、全く別の形で歌人たちの歴史、 自分史を天空の星たちに昇華させながら、この不完全な「新勅撰集」を秘密裏に完成させようとしたのではないだろうか。

どう完成させようとしたのか。<百人秀歌と百ト一首>のページにおいて「百人一首」に一首足すことによって、 二つの歌集を結んだが、これから先の展開によって更なる結びが生まれるだろう。

北極星(北辰)> ・ <> ・ <オリオン座の三ツ星> ・ <北斗七星> ・ <天の川・牽牛星と織女星

 北 極 星 (北 辰) 14首
百11−秀7
小野篁
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣船
百7−秀6
安倍仲麿
天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に
出でし月かも
百6−秀5
大伴家持
鵲の渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ
ふけにける
百5−秀8
猿丸大夫
奥山にもみぢ踏み分けなく鹿の声聞くときぞ
秋はきにけり
百8−秀14
喜撰法師
わが庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と
人はいふなり
百14−秀17
源融
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし
われならなくに
百18−秀11
藤原敏行
住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路
人目よくらむ
北 極 星 (北 辰) 百17−秀10
在原業平
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに
水くくるとは
百15−秀18
光孝天皇
君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に
雪は降りつつ
百12−秀15
僧正遍昭
天つ風雲の通ひ路吹き閉じよをとめの姿
しばしとどめむ
百13−秀12
陽成院
筑波嶺の峰より落つるみなの川恋ぞつもりて
淵となりぬる
百9−秀13
小野小町
花の色は移りにけりないたづらにわが身世に
ふるながめせし間に
百16−秀9
在原行平
立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば
今帰り来む
百10−秀16
蝉丸
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも
逢坂の関

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   月 12首
百35−秀28
紀貫之
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に
にほひける
百28−秀21
源宗干
山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬ
と思へば
百21−秀22
素性法師
今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出で
つるかな
百22−秀27
文屋康秀
吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらし
といふらむ
百27−秀36
藤原兼輔
みかの原わきて流るるいづみ川いつみきとてか恋し
かるらむ
百25−秀35
藤原定方
名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくる
よしもがな
百36−秀33
清原深養父
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月
宿るらむ
百29−秀25
凡河内躬恒
心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどわせる
白菊の花
百31−秀29
坂上是則
朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に
触れる白雪
百34−秀31
藤原興風
誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友
ならなくに
百26−秀34
藤原忠平
小倉山峰のもみぢ葉心あらばいまひとたびのみゆき
待たなむ
百33−秀26
紀友則
久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の
散るらむ

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    オリオン座三ツ星 (鼓星) 不動11首 
1
天智天皇
秋の田のかりほの庵の苫を荒みわが衣手は露にぬれつつ
2
持統天皇
春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山
19
伊勢
難波潟短き蘆のふしの間も逢はでこの世をすぐしてよとや
20
元良親王
わびぬれば今はたおなじ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ
77
崇徳院
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
われても末にあはむとぞ思ふ
・・・ ・・・     ・・・
3
柿本人麻呂
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む
4
山辺赤人
田子の浦にうちいでて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
32
春道列樹
山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
44
藤原朝忠
逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし
84
藤原清輔
ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき
85
俊恵法師
夜もすがらもの思ふころは明けやらで閨のひまさへつれなかりけり


 北 斗 七 星 33首(11X3)
百23−秀30
大江千里
月見れば千々に物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど
百30−秀24
壬生忠岑
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし

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→→→→→
→→→→→
→→→→→
百37−秀38
文屋朝康
白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける
百38−秀39
右近
忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな
貪狼星・とんろうしょう
単なる欲望を意味するのではなく、度を越してしまい、自我を出しすぎる。
百24−秀23
菅原道真
このたびは幣も取り敢へず手向山紅葉の錦神のまにまに
巨門星・こもんしょう
優秀な頭脳をひけらかすことなく、でもその才をいかんなく発揮して上の者に仕える。
百39−秀37
源等
浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき

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百40−秀41
平兼盛
忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
百41−秀42
壬生忠見
恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
百42−秀45
清原元輔
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは

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禄存星・ろくぞんしょう
天体観測器を表し、古代、人生の幸不幸は、天体の動きに左右されると信じられていた。禍福を左右する星とされた。
百43−秀40
藤原敦忠
逢ひ見みての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり
百45−秀43
藤原伊尹
あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
百46−秀47
曽禰好忠
由良のとを渡る船人かぢを絶え行方も知らぬ恋の道かな
百47−秀52
恵慶法師
八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり
百52−秀51
藤原道信
明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな
百51−秀50
藤原実方
かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを
百48−秀46
源重之
風をいたみ岩うつ波のおのれのみ砕けて物を思ふころかな
百49−秀48
大中臣能宣
御垣守衛士の焚く火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ
百50−秀49
藤原義孝
君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな

文曲星・もんごくしょう
唯一の三等星で、他より輝きは小さい。芸術や文学に秀でている。技を極める。物の重さを測る器具を表し、神経質な星。

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百54−秀55
儀同三司母
忘れじの行末まではかたければ今日を限りの命ともがな
百55−秀59
藤原公任
滝の糸は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
百59−秀63
赤染衛門
やすらはで寝なましものを小夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな
廉貞星・れんていしょう
清く正しい。現実を照らし合わせながら善悪を定める。よくないと思うものは容赦なく排除する。五番目に位置し、玉衡と呼ばれ、責任感の強い星。
百68−秀54
三条院
心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな
百63−秀68
藤原道雅
今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならでいふよしもがな

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百57−秀64
紫式部
めぐり逢ひて身しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな
百64−秀67
藤原定頼
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらわれわたる瀬々の網代木
百67−秀69
周防内侍
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
武曲星・むごくしょう
勇敢なチャレンジャー。危険をかえりみない。正義の星。そばに輔星がある。宰相の意味があり、武曲星を支援している。それ故の強さか。
百69−秀57
能因法師
あらし吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり

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百58−秀62
大弐三位
有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
百62−秀60
清少納言
夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
百60−秀66
小式部内侍
大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立
破軍星・はぐんしょう
勝負を左右し、明暗を分ける星。変動や破壊を意味する。新しいステージの始まりを呼び起こす。何者をも恐れない強さを持ち、一石を投じる星。
百70−秀58
良暹法師
さびしさに宿を立ち出でてながむればいづこも同じ秋の夕暮れ
百71−秀70
源経信
夕されば門田の稲葉おとづれて蘆のまろやに秋風ぞ吹く
百66−秀71
行尊
もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし

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104人の歌人たちの内、70人は北極星、月、オリオン座、北斗七星のそれぞれの環の中に入っており、揺るぎなくそれぞれの星として輝いています。 ほとんどが71番までに入っていますが、77崇徳院、84藤原清輔、85俊恵法師の三人は不動番号としてオリオン座の一つとなっています。

反対に、秀53一条皇后宮定子に始まり秀56道綱母、秀61和泉式部、秀65伊勢大輔、秀75相模の5人の女流歌人たちは揃って天の川の後鳥羽院の方にいます。 歌だけを取り出してますと、

・よもすがらちぎりしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき
・嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
・あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな
・いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな
・恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ

これらの歌こそ定家が女性の歌に仮託した後鳥羽院への秘めた思ひだったのではないでしょうか。後鳥羽院のお陰で取り立ててもらい、 華やかに歌壇人生を送れたにもかかわらず二度と会うことも叶わなくなってしまった。遠島にあっても精力的にそれなりの歌合いをし、 歌集を編纂する院の御所こそ九重ですと言いたかったのでしょう。 そして後世に院より怒りをかったままの自分が伝承されていくことが口惜しかったのですね。

       牽牛星と織女星10首(5X2) ・ 天の川25首(5X5)
牽牛星 6首 順徳院川13首 天の川25首(5X5) 後鳥羽院川12首 織女星 4首
秀53
定子
よもすがらちぎりしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき
百53−秀56
道綱母
嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
百56−秀61
和泉式部
あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな
百61−秀65
伊勢大輔
いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな
百65−秀75
相模
恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
秀76
源俊頼
山桜咲きそめしより久方の雲ゐに見ゆる滝の白糸
百75−秀82
藤原基俊
契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり
秀73
源国信
春日野の下萌えわたる草の上につれなく見ゆる春の淡雪
百76−秀79
藤原忠通
わたの原漕ぎ出でて見れば久方の雲ゐにまがふ沖つ白波
百82−秀83
道因法師
思ひわびさても命はあるものを憂きに堪へぬは涙なりけり
百73−秀72
大江匡房
高砂の尾上の桜咲にけり外山の霞立たずもあらなむ
百79−秀80
藤原顕輔
秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ
百83−秀87
藤原俊成
世の中よ路こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
百72−秀74
祐子内親王紀伊
音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ
百80−秀78
待賢門院堀河
長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物をこそ思へ
百87−秀93
寂蓮法師
村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋の夕暮れ
百74
源俊頼
憂かりける人をはつせの山おろしよはげしかれとは祈らぬものを
百78−秀81
源兼昌
淡路島かよふ千鳥の鳴く声に幾夜ねざめぬ須磨の関守
百93−秀98
源実朝
世の中は常にもがもな渚漕ぐあまの小舟の綱手かなしも
百81−秀86
藤原実定
ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる
百98−秀99
藤原家隆
風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
秀90
藤原長方
紀の国のゆらのみさきに拾ふてふたまさかにだに逢ひ見てしがな
百86−秀88
西行法師
嘆けとて月やは物を思はするかこち顔なるわが涙かな
百99
後鳥羽院
人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は
百90−秀91
殷富門院大輔
見せばやな雄島のあまの袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず
百88−秀89
皇嘉門院別当
難波江の蘆のかり寝のひとよゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき
百91−秀95
藤原良経
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
百89−秀92
式子内親王
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
百95−秀96
慈円
おほけなくうき世の民におほふかなわがたつ杣に墨染の袖
百92−秀94
二条院讃岐
わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし
百96−秀101
藤原公経
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり
百94−秀97
藤原雅経
み吉野の山の秋風小夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
百101
藤原為家
立ちのこす梢もみえず山桜花のあたりにかかる白雲
百97−秀100
藤原定家
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
百100
順徳院
ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり

参考資料
※「安倍清明 北斗七星占い」 祖笛翠 2000年 勁分社
※「現代に息づく陰陽五行」 稲田義行 2009年第8刷 日本実業出版社
※「定家『明月記』の天文記録−古天文学による解釈−」 斉藤国治 1999年 慶友社
※「新勅撰和歌集」 久曾神昇 樋口芳麻呂校訂 2009年第4刷 岩波書店
※「星座を見つけよう」 H.A.レイ文・絵 草下英明訳 1991年第51刷 福音館書店
※「源氏物語・巻四・槿」 円地文子訳 昭和五十五年第8刷 新潮社
※「更級日記」菅原孝標女 校注、訳者、注解 犬養 廉 新編日本古典文学全集 新潮社 By JapanKnowledge Personal
※「オリオン座」



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