正面玄関百人秀歌と百ト一首歌枕47春の夜の月水無瀬離宮定家略年譜八七話語り



    

◆ 八七話語り

 この二つの色紙形和歌において世間一般に小倉百人一首は概ね年代順で構成され、百人秀歌は歌合い形式になっていると 言われてます。しかし、二つの歌集の間の関連性を見て来て、歌合いでなく、また違った見方はないものかと模索してきました。

 百ト一首と百人秀歌の連なる番号に合わせて二首ずつ組み合わせてみました。歌人、歴史、和歌、逸話など織り交ぜて 語ることが出来ればと思いますが...。

 さて、小倉百人一首は、本当は百ト一首あるんですという自説に始まって、二つの歌集に織り込められた定家の思ひ、 子々孫々の繁栄のための怨霊封じ、自分史を平安時代の和歌史に乗っけてしまったという発想、色々と展開してきましたが、 今現在の時点での私なりの結論は、愛憎相まみえる後鳥羽院との関係において、当時決して表すことのできなかった思ひ、 それこそが百人秀歌の方に込められていると思ってます。歴史にたらの話はないのでこれ以上は書きませんが、 この三首の中に後鳥羽院との出会い、亀裂と別れ、再会したい思ひのすべてがあるように思ってます。


 よもすがら ちぎりしことを 忘れずは 恋ひむ涙の 色ぞゆかしき
 春日野の 下萌えわたる 草の上に つれなく見ゆる 春の淡雪
 きのくにの ゆらのみさきに 拾ふてふ たまさかにだに 逢い見てしかな



 逢いたいものだ!   
 

 
◆ 八七話語り

 
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